昨日は毎回恒例の、スピーチ塾の「スピーチ大会」が開催されました。
みなたいへん個性的で素晴らしい内容でしたが、特に、古長谷さんが話してくれた内容は、mpでずっと大切にしてきたことと深くつながっていたので、心打たれるものでした。
古長谷さんは、現在、企業取材サークルFUNで5年続いている早朝読書会「FUN Business Cafe」で読んでいる『自由と規律』(池田潔・岩波新書)の中の逸話を題材に「自信」について話してくれました。
もう動画でご覧になった方もいるでしょう。
この中で、ある13、14歳の少年と教師の問答が出てきます。
その少年はピアノは得意ですが、数学は苦手です。
そんな少年がピアノの練習に打ちこんでいるところに数学の教師が来て、「ピアノの練習をやめて数学を勉強しなさい」と言います。
少年は何と答えたでしょうか。
121ページから抜粋しましょう。
『数学の勉強が足りないと仰言るのなら、数学教師として御尤ものことであり謹んでお受けする。しかしピアノが正当な課目として許され、自分が数学の時間にピアノを弾いているような不都合のない限り、自分のピアノの練習はピアノの教師と自分だけに関する問題であって、少くとも数学教師たる貴下の関知するところではない。自分には筋の通らぬ指図を受ける心算はなく、無用の干渉は迷惑と心得るからお控え願いたい」。
これが思想の独立というものでしょう。いわば、本当に勉強した者の態度でしょう。
BCという勉強会では、朝からいくつかの小さなグループを作って、いわばミスドでグループワークのようなものをやっているのですが、僕の班でもこの箇所は印象に残ったようで、学生たちが話題にしていました。
そして、僕は『自由と規律』のこの箇所を読むたび、三つの歴史的事実を思い出します。
それはいずれも、mpやFUNで大切にしてきたことであり、毎年教える内容は違っても、この部分をしっかり分かってもらいたいと強調してきたことでもあります。
「すごいのはイギリスで、日本はまだまだ」と見限ってほしくないので、簡単にご紹介しておきます。
①山崎闇斎と門下生の問答
山崎闇斎と言えば江戸時代の国学の大家で、5,000人を超える秀才達が全国からその門下に集い、全国に名を知られる教育者でもありました。
当時の学問は儒学や陽明学で、今の学生が英米を先進国と位置付けて、英米の学問の翻訳と咀嚼を「学問」と思っているように、当時の若者も中国大陸の文物を標準として学んでいました。
ですから、孔子や孟子は偉大な先人であり、その教えは誰からも尊ばれました。
ある時、闇斎は門人たちに「もし、孔子と孟子が大軍を率いてこの日本に攻め込んできたら、その時、おまえたちはどうする」と尋ねます。
門人達は答えられません。自分にとっての権威的存在が敵となる想定に頭が耐えられず、思考が停止してしまったのです。
狼狽する門人たちを前に、闇斎は、
「その時は孔子と孟子を捕らえて叩き斬る。それが孔孟の教えだ」
と言いました。
すなわち「正しいと信じることは相手が師であっても迷わず行え」ということで、『論語』にも説かれてあることです。
僕もmpやFUNでは一人だけ年長者であるため、「小島さんが言うから」、「小島さんが言うなら」と言われることがあるため、よくこの話をしてきました。
「ちゃんと自分の頭で考えて、正しいかどうかを納得しよう」と。
②吉田松陰の「講孟余話」の冒頭
松陰といえば、11月の読書合宿でもおなじみです。松陰は下田踏海に失敗して幕府に捕らえられた後、野山獄に収監されました。
松陰はそこで「獄中にありては、獄中の最善を尽くす」と覚悟し、なんと、囚人達を相手に「孟子」の講義を始めました。
いつ出獄できるか、ちゃんと出獄できるかさえ分からないあぶれ者ばかりで、明日への希望など誰も持っていない小さな牢獄で、古典を読んで人生や世の中を語ろうというのです。
最初は「なんだ、この若造は」と見くびられていた松陰でしたが、その熱意は次第に囚人達を動かし、その記録は「講孟余話」となって現代にも残っています。
そして、この冒頭の文は、
「経書を読むの第一義は、聖賢に阿(おもね)らぬこと肝要なり」
で始まっています。
「歴史書や古典を読む際に最も大事なことは、聖人賢者だからといって最初からペコペコしないことだ」
という意味です。
「先生が言うから」、「学校で習ったから」正しいとしてしまうだけでは、何の教育でもなく、むしろ、学校に行って脳みそが滅んでしまったようなものです。
松陰はもちろん、孔子、孟子を認め、尊敬すること、人後に落ちるものではありません。しかし、二行目には、
「孔孟生国を離れて他国に仕ふるは相済まぬこと也」
と書き、
「孔子も孟子も、偉そうなことを言っておきながら、自分は生まれた国に尽くそうとせず、就職を求めて大都会に行きおって、本当にどうしようもない奴らだ!」
と東洋の偉人に挑戦状を叩きつけています。
僕はこの心意気が昔からとても好きです。
偉大な先人と憧れつつも、だからといってその言動の全てを認めるのではなく、その前にあっても自信が信ずるところは曲げない。
逆に、そんな意欲を持った松陰がいたからこそ、長州藩という田舎から日本を動かす大人物が続出したのでしょう。
ミスタードーナツのFC展開物語とも相通ずる本質を含んだ話です。
③戦後の共産主義的知識人と大学教授
「ビジネスエリート講座」を受講した方はご存知でしょうが、戦後日本の教育は社会主義の多大な影響を受けました。
これは、今もって大学生の7割、8割が社会主義的職業観、社会観、人間観、国家観を持っていることからも分かります。
中学、高校の教科書はほぼ社会主義一色であり、特に国立大学の教授にはそうした偏向思想を持った教授が多く、一時期は信じられないような言論を平気で発表していたものでした。
そんな知識人たちが一番尊敬していたのが、スターリン、毛沢東、金日成でした。
大学教授といえば、理論や学説をあたう限り客観的に知識化し、学問的真理は政治的権力の外に置かれ、その真理とそこに到る道を守るのに誰からの干渉も受けないのが「学問の自由」でした。
が、戦後はそれが履き違えられ、大学教授の一部は幼児のようになってしまって、ただ国家や政府からの口出しを受けたくないために「学問の自由」を振り回し、一方では補助金や税金頼みになるという矛盾を犯していました。
政府や国家にはもっともらしい屁理屈で文句を言う知識人も、スターリン、毛沢東、金日成には忠誠を誓い、「スターリンが言うから正しいのだ!」と言ったという記録は、多くの歴史書から確認できます。
読書合宿で9月に学ぶ小泉信三博士は『共産主義者の隷従精神』という作品の中で、権威、権力、ブランドなどに目がくらんで、物事の簡単な本質さえ分からなくなった戦後の知識人を「闇斎門下生」と呼んでいます。
教育をあずかる教育者の中にさえ、教育の目的が一個の独立した人格を築くお手伝いということが分からない人も多くいるのです。
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『自由と規律』の著者・池田潔氏は慶応大学の英文学の教授であり、小泉信三博士を生涯の師と仰ぎました。本書の序文は小泉博士のものであるのは、読んだ人は知っているでしょう。
古長谷さんが紹介してくれた逸話には後日談があります。
後日、池田氏が日本に帰国して教員仲間にこのイギリスの少年の話をした時、
「なんと一座に爆笑の声が起ったのである」(123)
池田氏は、
「唯一つ、確なことは、これを笑ったり嘲ったりは出来ないということである。少年にかかることを云わしめたことがこの少年にとってどんな大切な意味をもっていることであるかを理解するならば、かりそめにも笑うことだけは出来ない筈なのである。
もし笑い得たとすれば、それは少年の心理を理解し得ない――つまり自由を侵されても侵されたことに気がつかないか、気づいてもそのまま泣寝入りしてしまう卑屈性がこびりついた人間という外はない」(123)
と結んでいます。
「自分は確かに、自分である」。この実感に裏打ちされた言動を自らの責任によって行い、未来を切り開き、現実に立ち向かう時、その精神に『自信』というものが生まれます。
僕が毎年、就活コースや新人コースで学生に確立してほしいのも、まさにこの自信です。
合説に足しげく通い、「その会社の人が言うから正しい」と自説を曲げたり、OB訪問などで聞いたことを即座に真似して、あたかも以前から考えていたように言う学生も多くいます。
僕はだいたい、学生の使う語彙を聞けば、その意味をどれくらい理解しているか分かるので、口先だけで知的さを装おう奴隷的学生には何の魅力も感じません。
だいたい、そういう学生は、本人は「進んでる」、「頭がいい」と思っているのに反し、落ちまくるものです。
特に、西南のミーハー学生と九大のブランド学生に、このおめでたい勘違い学生の何と多いことかと毎年不思議に思います。もう、面白いほど落ちまくります。落ちるほど、人の話を聞かなくなります。
たくさんの知識があるのは良いことです。多くの対策を練って未来に最大限の準備で備えるのも立派なことです。
しかし、その前に自らの思想信念を曲げたり、平凡な生活事実を無視したりするようになれば、あらゆる対策は醜さの加速に役立つだけとなります。
そんな闇斎門下生的学生に魅力を感じる人は、今も昔もいないでしょう。
学生の皆さんにはぜひ、個性的で寛容な思想の独立を確立していただきたいと願っています。
就活は、その一つの舞台です。
不況だからと企業に屈せず、世論に迎合せず、まず、自分の頭で「不況と就活の関係」を考えてみましょう。
「いい関係」しかないのが分かるでしょう。
古長谷さん、そしてスピーチ者の皆さん、昨日は確固たる人格に根差した聞きごたえのあるスピーチを、どうもありがとうございました。
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