■「内定への一言」2009

インスピレーション・ソング(小島)

先日の作文塾でチラッと「ヘビメタ」について話したら、なんと、隣のグループで話していた今川君が素早く察し、コメントをしてくれました。

意外や意外、今川君は毎週「意外性」で注目を集めていますが、まさか僕と同じでハードロック、ヘビーメタルが好きだったとは…。

今日も韓国語塾の始まる前に少し話を聞いたら、「こんなの好きって言っても、『分からん』って言われてばかりで、隠れキリシタン状態だったんですdoor」とのこと。

今川君から「隠れキリシタン」という言葉を聞いたのが面白くて、なんと的確な描写かと思ってしまいました。

まぁ、僕も共産主義文献や近現代史のマニアックな文献が好きだったり、アジアンポップスが詳しかったり、韓国各地の方言が理解できたりと、隠れキリシタン状態を長く味わってきました。

だから、ヘビメタが好きだという学生に出会えて本当に嬉しいです。

しかし、このブログは個人的なネタを書くブログではなく、mpのオフィシャルブログなので、mpらしくヘビメタについて書きましょう。

そもそも、なんでヘビメタの話題が出たかと言うと、作文塾②で「構造設計図」の話をした時に、木や川、スコアボード、株価、楽譜などにイメージを置き換えると全体のあらすじが考えやすいですよ、と話したことがきっかけです。

エリートコースはお堅い講座ですから、そこに「ヘビメタ」なんて書けませんが、執筆前にインスピレーションを得るのは大事な作業で、僕はよく、クラシックや昔親しんだゲーム音楽、ヘビメタ、ハードロックなどを聴いて全体の構成をイメージします。

目を閉じてじっと空想に耽り、講義全体を一つの物語のように仕立てていくには、音楽の力は非常に大きなものです。

そして、そのためには、できるだけ長くて、しかも思想とメッセージを持ち、信念を以て表現された音楽が必要なのです。

だから、ポップスやR&B、テクノ、ラップ、ヒップホップではちょっと合いません。もちろん、これらの音楽も良いのですが、イメージトレーニングにはやや「ヤワ」な感じです。

僕が好きなのは、圧倒的に「ジャーマンメタル」で、ドイツのクラシカル風で曲調変化の激しい眺めのメタルが好きです。

ちょっと古いですが、ガンマ・レイ、ハロウィン、スコーピオンズなどです。

あとは、中学時代からガンズ・アンド・ローゼズも好きです。ギターのスラッシュはサイババに似ていますが、すごいテクの持ち主です。

あと、メタルといえばやっぱりメタリカ。Nothing else mattersやthe unforgiven、master of puppets、for whom the bell tolls、enter sandmanなどは最高ですね。

変わりどころでは、北欧風のイングヴェイ・マルムスティーンやドリームシアターなども好きです。

ホワイトスネイクやブルー・マーダーもよく聴きました。アイアン・メイデンもかなり好きです(特にスティーブ・ハリスのベース)。

リッチー・ブラックモアも好きだし、デフ・レパードも好きですが、ここらへんはやや貴族風&大衆向けで、コテコテのメタル野郎は認めないでしょう。

やや古めのバンドになると、チープ・トリックは中学時代めちゃくちゃ聴きました。英語の歌詞をほとんど覚えているかもしれません。

もはやロックとは呼びがたいさわやかさですが、エア・サプライも超お気に入りで、ジャズ風のマンハッタン・トランスファーもかなり好きです。

あとは、オールディーズならディオンヌ・ワーウィックとバート・バカラックですね。僕はいずれ、バカラックのようにアーティスト(僕が育てた経営者)をプロデュースするビジネス版の編曲プロデューサーになりたいです。

ディオンヌの声の表現は本当に豊かで、英語を勉強するには最適の一人だと思います。

まぁ、思いつくままに僕が知るアーティストのごくわずかを書いてみましたが、いずれも講義のインスピレーションを得るのに不可欠なアーティストたちで、昔から長く親しんできました。

ちなみに、僕は子供の頃から一切邦楽を聴きません。嫌いだからとかじゃなく、ただ生まれた時から縁がなかっただけですよ。

逆に、シャンソンやオペラ、タンゴ、カンツォーネなどは好きです。一番好きなのはイタリアのジュゼッペ・ディ・ステファノとフランスのシャルル・トレネで、いずれも講義のイメージ作りには欠かせません。

山岡君も動画を作るときは音楽から考えるそうですが、僕も講義を考える時は、いつもではありませんが、音楽で着想を得ます。

mpでもいつか音楽を話題に語り合えたらいいですね。

そのためには、僕が昔やっていたピアノとエレキギターを再度練習するしかないのか…。

そこまでやったら、一体、mai placeは何と説明すればいいのでしょうか。

来年、株式会社化したら「専務取り締まられ役」になる予定の僕にそんな権限はないので、とりあえずは『海釣り塾』の普及を目指します。

さて、最後に、僕の好きなヘビメタを数曲。よく講義イメージで使っている曲です。

歌詞もかなり深くて、ガンマ・レイなんかは、まさに人間の「第二現実」をテーマにしています。英語の勉強にも役立つと思いますよ。

■Gamma Ray - Rebellion In Dreamland

■Gamma Ray - Abyss of the Void

■Gamma Ray - All of the Damned

■Enter Sandman - Metallica

■Metallica - Nothing Else Matters

■Guns N' Roses - November Rain

■Guns n' Roses - Civil War

今川君、今日はとても嬉しかったです。またぜひ色々と語り合いましょう。博多湾で…fish

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言葉を見つめる(小島)

今川君、山下君、丁寧なコメント、本当にありがとうございます。

お二人とも、mai placeを心から信頼してくれ、ずっと講座に参加し、さらには雰囲気まで作ってもらって、いつもたいへん心強く思っています。

僕にとって学生の皆さんからの信頼以上にやる気を引き出してくれるものはないのですが、お二人はそうした信頼感や希望をいつも率直に表明してくれるので、いつも励みになっています。

さて、僕はレジュメや講義を作る際、良い言葉にもできるだけ多く触れてほしいと、多くの講義で格言や定義などをご紹介しています。

それ以外にも、自分の繰り出す言葉を磨きたいと、インスピレーションを大切にしています。

僕の場合、インスピレーションとは、その言葉が魂を持って立体的に見えてくるような感覚のことです。

言葉とは、イメージを喚起し、共有するものですから、日本語にしろ韓国語にしろ、一つ一つの語彙を見つめ、どんな場合に、どんな思いで発せられるかを観察するのは、執筆やイメージトレーニング以前にとても大事にしている作業です。

個人的にこういう習慣が身に付いたのは、やはりマレーシアで働いたことがきっかけです。

よく聞く語彙や単語を覚えて、僕が思い思いの脳内作文で意見を作って言うと、「うん?」という顔をされました。

意味は分かってもらえても、意義は通じなかったのです。

写真で言えばピンぼけのような現象が、外国語での会話にはよく起こります。

喚起されたイメージを媒介する言葉のフォーカスがずれているのです。

マレー語のように日本語と何も共通点がない言語は、こういうピント合わせを本当に鍛えられましたが、韓国語のように同系同文法の言語でも、緻密な相違点を学ぶ過程が本当に勉強になりました。

そして、数年間外国と関わって記者の仕事に就いたとき、これと同じ現象が国語間でも起こっていると感じました。

つまり、祖先の残した言葉と現代の僕たちが使っている言葉の間に、否定しがたいピンぼけがあると感じるようになったのです。

これは、小さく見れば企業と学生との間でも同じでしょう。

以来、僕は表面的には様々な業界の様々な社会人を相手に仕事をし、また、様々な夢を持つ多くの大学の学生を相手に講座を作っていますが、根本的にはいつも「国語」と向き合っていると感じています。

そして、使いすぎた自転車、釣り具、カメラ、パソコンなどの道具がいつもメンテナンスを要求するように、言葉も微調整が必要になってきます。

ピアノならメトロノームがあって、それを基準に音階を調律できますが、言葉はどうしたらいいのか。

そんな時に僕がいつも無心に読むのは、明治天皇御製です。

僕は歴史書もビジネス書もたくさん持っていて、たくさん読んできましたが、明治天皇御製以上に正しく素朴で美しい日本語が詰まった古典はないと感じています。

高校、大学時代はただやる気が出たり、気持ちが落ち着いたりする点で好きだったのですが、ここ数年は日本人が立ち返るべき心のふるさとのような感覚で向き合っています。

他の人がどう評するかは知りませんが、僕にとって一番大切な本です。

だから、お二人にもぜひ読んでほしいと思っています。

普及版は明治神宮が出している「大御心」がありますが、明治神宮は全集のような大型の御製集も出しています。

僕がもっとも良いと感じるのは、佐佐木信綱が校訂した謹解・御製集で、これは大月さんが持っています。

この本と、杉浦重剛の「倫理御進講草案」を併せて読むと、自分が日本人であるということがどういうことか、しみじみと感じられます。

一日1ページずつでも読んでいくと、本当にすごい発見がありますよ。

今度、大月さんに見せてもらって下さい。

明日は言葉を見つめる韓国語塾と作文塾ですね。

また、お二人がムードを作って楽しく学べる時間を心待ちにしています。

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学びの短歌(小島)

こんばんは。小島です。

読書合宿の皆さんのご感想、そして最近のコメントにいつも励まされています。

僕は日々、mai placeとFUNで、

月:プレ就活コース
火:韓国語塾&マネー塾
水:近現代史勉強会
木:ビジネスエリート講座
金:韓国語塾&作文塾
土:FUNゼミ(取材塾)
日:読書合宿

などの講義を考え、書き、話しているのですが、最近久しぶりにお気に入りの「作文塾」を実施していることで、改めて「圧縮」の難しさと楽しさを感じているところです。

そんな時にいつも読み返すのが「和歌fujiです。

省略の極致であり、圧縮の文学でもある和歌や俳句は、ギリギリまで研ぎ澄まされた表現から、言葉の持つ本来の美しさが限りなく伝わってきます。

読むにしろ書くにしろ、短歌や俳句ほど心と頭が鍛えられるものはないと改めて感じます。

富田君もサークルの方で毎週和歌を作っているので、共感してくれるかもしれませんね。

僕は毎年、学生の皆さんから有り難いメールをいただくのですが、「mai placeやFUNに出会って私の学生生活が充実し始めました」と聞くのが一番嬉しいです。

そんなメールはかなりあるので、全部保護してきたのですが、最近は多くなりすぎたので、PCに保存しています。

先ほど、明日の釣りの仕掛けを作って、やっと落ち着きました。

ここで、最近の感慨を和歌にしておきます。

日頃はレジュメや評論っぽい文章が多い僕ですが、実は戯曲や和歌がとても好きです。

皆さんも「分かる!」というのがあったら幸いです。

■ある学生のメールにて

ここに会ひまことの学びはじまると
つたへしことばわがささへなる

■韓国語塾 一

からくにのことば学びてふみつくる
若き友らのすがたたのもし

■韓国語塾 二

とつくにのことば学べばおのづから
やまとことばのゆかしさも見ゆ

※とつくに=外国

■韓国語塾 三

まめやかにしくみ見つめてたどりつく
ただしきこたへけふも重ねよ

■韓国語塾 四

むずかしきとひをあたへてよろこびの
えみをうかべしたふとき学び

■韓国語塾 五

とまどへる友をたすけて得られしは
内なるまなび深まりしこと

■ブログのコメントを見て

かへりてもいまだおはらぬかたらひは
ところをかへて夜もつづけり

■読書合宿 一

やけどにもたえて生きぬくすがた見て
何を学ぶかいまのわれらは

■佐藤さんの発表を聞いて

きびしさのなかにひそめるやさしさを
しのびて見ゆるくにのたましひ

■羽田野さんの発表を聞いて

きのふまでさけてとおりしつとめをも
おのがつとめと引きうける友

■釣りを控えて

をのが身のちいさきことをおもひしり
海にたたずむ時ぞたのしき

…和歌は漢語や外来語を使わず、全て訓読みの大和言葉だけですから、なかなか鍛えられますね。

皆さんも作ってみては?

お粗末様でした。

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夏休みに読んでおきたい本

おはようございます。小島です。

先週は動画塾、韓国語塾、マネー塾、ビジネスエリート講座、リーダー塾を通じて、多くの方々からご感想をいただきました。

僕自身、夏にこれほど多くの講義をやったことはなく、記者時代も含めて、これほど中身の濃い夏を過ごした経験はありません。

そんな中、学生の方々から「こんなに充実した夏休みは初めてだ」、「大学四年になって初めて勉強の楽しさを実感しています」、「mai placeの様々な学びが、最近全てつながってきました」と言っていただき、本当に感謝しています。

なかなか多忙な毎日ではありますが、とかいって釣りにもちゃっかり行っていますが、秋を迎えた時に、改めて夏に何を学んできたのかが分かると思います。

さて、数名の方から夏休みにどんどん本を読みたいという声も以前からいただいているので、今日はいくつかご紹介しておきたいと思います。

■「動画塾」に参加している方へ

・「シナリオライティングの黄金則」(金子満・ボーンデジタル)

動画の技術は、最初は難しそうに見えても、やってみれば案外単純な効果の組み合わせで覚えやすいものです。そして最後はやはり、構想力、構成力の問題になってきます。

本書はシェークスピアの劇という、誰もが知っている題材を元に、ヒットする物語、引き込む物語の仕組みを観察しており、映画やドラマ、webで表現する際の構成法を書いた本です。

やや高い本ですが、本格的な作品を作りたいと思っている方は、映像技術だけでは足りない分を書いているので、役に立つのではないでしょうか。

■「マネー塾」に参加している方へ

・「となりの億万長者」(トマス・スタンリー・早川書房)

マネー関連の本は、マネー塾のテキストの巻末で125冊紹介していますが、あえてこの夏に読む本をおすすめするなら、本書です。

派手なことは何も書いていませんが、お金持ちの生活を統計で示したもので、とても説得力があるし、性格、習慣、お金の使い方が細かく影響しあっている事実がとてもよく分かります。

特に「支出・負債編」で「これは自分にも当てはまるなぁ」とチクッと来た方は、とても役に立つでしょう。

ブックオフなら、半額のコーナーにあることも。

■「ビジネスエリート講座」に参加している方へ

・「雄気堂々」(城山三郎・新潮文庫)

日本資本主義の父である渋沢栄一の伝記で、僕は学生時代に本書を読んで、改めて社長になろうという思いがわきあがり、中退しました。

産業・経済上の英雄は教えないのが日本の歴史教育ですが、フォードにも劣らないスケールで一国をダイナミックに変えていく迫力ある人生を体感できます。

どの講座に参加している方にも一読していただきたい、僕の思い出の一冊です。

■「韓国語塾」に参加している方へ

・「外国語上達法」(千野栄一・岩波新書)

韓国語を通じて、「記憶」より「理解」の方がいかに速く、深く語学を学べるかを実感している方も多いのではないでしょうか。

本書は東欧の言語を専門に学んできた著者の体験的語学論で、「多い単語を雑多に覚えるより、大切な単語を少なくても確実に理解する方がよい」という態度で自身の学習体験をふりかえっています。

毎年、語学を学びたい学生にはよく紹介してきた本ですが、今読んでみれば、「なるほど」と思える点も多いでしょう。

一生、地道に外国語というものと向き合っていきたい、と考えている方には、とても励まされる本だと思います。

■「リーダー塾」に参加している方へ

・「指揮官」上・下(児島襄・文春文庫)

日本と外国の様々な時代のリーダーを、軍事分野のみで観察、比較した作品で、個人と国家の生命・運命について最も深刻な事態である「戦争」を前に、人類がどう決断してきたのかを、日米欧の事例を踏まえて考えることができます。

日常生活でここまで組織が大変になることはまずありませんが、人を動かし、人が動く根本原理を考えるには良い本です。同じく歴史を題材にした「人は何によって動くのか」(大橋武夫・PHP文庫)もおすすめです。

今川君、田中さん、佐伯さん、富田君、いつもご丁寧なコメントをありがとうございます。たいへん励まされています。

これからも学生の皆さんの学問、仕事への希望と情熱に応えられるよう、大月さんともどもしっかり頑張っていきます。

この夏は、釣りも、ぜひみんなで一度は行きたいですね。

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第4回「海釣り塾」のご連絡(小島)

おはようございます。小島です。

いやぁ、「あしたのジョー」は面白いですね。

昔見たアニメを、今は構図やカットの研究で見ているのですが、今の複雑できれいな映像と違ってシンプルな分、とても勉強になります。

動画を作っている方は、参考になるかもしれませんよ。

さて、今日は手短に、数人にお話した来週月曜日の「海釣り塾」についてご案内しておきます。

【第4回「海釣り塾」】

■8月24日(月) 午後

■福岡市「海釣り公園」

★海釣り公園の入場料は「1,000円」です。

★13:00にJR筑肥線「今宿駅」に集合。そこからバスで向かいます。

★海釣り公園では釣り竿とリールの貸し出しもあるので、道具を持っていない方も手ぶらで参加して釣りができます(300円)。

自然の中、みんなで楽しい夏の思い出を作りましょう。

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学生のためのPC講座


こんばんは。小島です。

今日はお昼から動画塾、夕方からドスパラと、IT尽くしの一日でした。

みんな、ムービーメーカーとは比べ物にならない機能に驚きの一日でしたね。

終わってからも感動が冷めず、「ドスパラで実際にハイスペックマシンを見てみよう」ということになり、上村君、池田君、川良君とお先に足を運んできました。

ドスパラがいかに高性能で低価格なのか、お店を見て回ってもよく分かりましたが、その後に○ドバシカメラに行ってスペックを比べたことで、みんな「知識のコストダウン効果」を実感していたようです。

知識がない人はいつも「小売価格」でモノを買い、知識がある人は「卸売価格」でモノを買うのは、PCに限らず耐久消費財や金融商品全てに当てはまることです。

中でも、動画塾で「未来が変わった!」としきりに感動しまくっていた池田君とは、行きも帰りも地下鉄で一緒だったので、色々とPCについて語りました。

「一人でも多くの友達にPCの面白さを伝えたい!」

そんな池田君は今もPCの勉強をしているかもしれませんが、今日特に質問が多かった「CPU、メモリ、HDD」についてHL上で簡単にご説明したいと思います。

一般の人は「パソコン」を買いに行っているのでしょうが、知識がある人は「CPU」や「メモリ」、つまり「時間」や「お金」を買いに行っているものです。

ということで、これからは「パソコン」を買わずに済むように、PCを構成するCPU、メモリ、HDDの三つの機能について勉強しましょう。

まずこの写真を見て下さい。

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う~ん…。小さな「冷蔵庫」です。

中にはジュースが入っていますが、これに野菜やお肉、魚などを入れても、数日分、あるいは一人分が精一杯でしょう。

作った料理を入れておいたとしても、一食分が精一杯かもしれませんね。

これから加工、調理するための材料や、作り終わった料理を入れておく「貯蔵庫」。

これが『HDD』、つまり「ハードディスクドライブ」です。

さて、この小さな冷蔵庫を使っている人は、おそらく料理のスケールも小さなものでしょう。もしかしたら、一人暮らしの小食の女子大生かもしれません。

そういう人であれば、おそらく、

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これくらい面積の小さな「まな板」でも料理が済んでしまうでしょう。

つまり、少ない素材を一人で調理するとすれば、「料理」という作品を作るための作業スペースは、小さなもので間に合うということです。

このまな板で、

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こんな料理を作ることができるでしょうか?

もしやろうとしても、おそらくその料理は、材料の上に材料を積み重ね、調理具合や料理を出すタイミングに引きずりまわされて、とても忙しい、大変な作業になるでしょう。

だから、料理を作ろうと思えば、まず、自分の生活のスケールや一緒に暮らしている人の人数、食べる量を把握しておかなければ、適切な大きさのまな板が選べません。

この「作業領域」の大きさが『メモリ』です。

こうした料理を一人でこなそうと思えば、その料理のできばえを決定するのは、料理人の腕前です。

素材の質と量を考え、食べる人の要求とタイミングを考えれば、料理に不慣れな素人ならとても時間がかかるだろうし、手馴れた職人なら手際よくこなしていくでしょう。

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この料理人に相当するのが『CPU』です。

すなわち、Central Processing Unit(中央演算処理装置)として、素材全体や調味料、火加減、水加減、味付け、温度、見栄えなど、あらゆる情報を総合的に「レンダリング(統合)」して完成させる『頭脳』です。

こうして、冷蔵庫に材料を仕込んで取り出し、作った料理を保存し、色々と食べたり食べさせたりしているうちに、あなたはきっと、

「冷蔵庫がいっぱいになってしまった」

「もっと色んな料理を作りたいけど、まな板が小さい」

「友達が食べに来た時は、自分の料理が遅すぎるのを痛感する」

などといった感想を持つかもしれません。

つまり…

「あぁ、もっと大きな冷蔵庫が欲しい!」
(HDDを増設したい!)

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「もっと広いまな板が欲しい!」
(メモリを増設したい!)

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「中華もフレンチもイタリアンも一緒に作りたい!」
(動画を作りながら音楽を流してアップロードもしながらウイルスチェックもしたい!)

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「料理の人手が欲しい!」
(CPUを加速させたい!)

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ということです。

PCの作業といっても、何も難しいことはなく、料理人が冷蔵庫やまな板、料理の腕前を総合してメニューを考えるのと変わりません。

釣りなら、

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こうなるのが「HDD増設」だし、

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こうなるのが「メモリ増設」だし、

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こうなるのが「CPU強化」です。

つまり、

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こうなるということですね。

そうなれば、釣れる魚、つまりその人が選択しうる未来の可能性も、

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から

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に大きくなるでしょう。

といふことで、学生のためのPC講座でした。

ドスパラでPCを買いたいという方は、上村君、池田君、山岡君に相談してみるといいですよ。

ちなみに、上村君は博多口にある「フィッシングワールド」にもはまっているようですが…。

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新たな37曲を翻訳中

おはようございます。小島です。

先週のmpは…

日 読書合宿

火 韓国語塾、マネー塾

木 ビジネスエリート講座

金 韓国語塾、リーダー塾

土 面接道場

(今日…釣り)

と大賑わいでしたね。

これも全て、学生の皆さんの意欲の賜物です。

部分的ならぬ期間的真理を一般化してみれば、この勢いで秋を迎えると、同学年の間には強い絆が、そして先輩と後輩の間には深い信頼と尊敬が生まれるmai placeになりそうです。

そして、何よりこのHLが盛り上がっているのが嬉しいですね。

HLはmai placeで学んでいる学生の皆さんなら誰でも書けるので、昨日は「○○さんに□□をテーマに書いてもらったら面白そう」、「○○君に△△をテーマに書いてもらったら?」という話もチラホラ…。

web日刊紙として、書く人、訪れる人にきっかけや勇気を届ける場にしていきたいですね。

さて僕は、お盆のお休みを利用して、韓国語塾のサブテキストであるK-POPのテキストをもう一冊作ろうと、最近はひそかに二冊目の翻訳を進めています。

これまでは主に会計用語や歴史用語、営業用語を学生用語に翻訳してきましたが、外国語の翻訳も楽しいものです。

曲調もロック、ダンス、バラード、ポップスなど様々で、若者の会話表現や民謡的表現が入ったものを織り交ぜ、さらに多様な表現を楽しく学べるようなテキストにしようと考えています。

僕は持っていないのですが、最近の学生はほとんどiPodを持っていて、まだ二回目とはいうものの、iPodの威力はすごいなぁと傍目で感じています。

上村君と山下君はSolidの「クム」を休憩時間に歌っていたし、田中さんも家で文字を見ながら発音を練習しているとか。

山岡君も早速歌詞を覚えつつある歌があるようで、とてもたった4時間学んだ成果とは思えません。

しかし、最初の6回の目標は「これは、案外、できるかも!」という自信を育てることです。

ハングルには全て思想と法則があり、どんな文字列にも陰と陽の原理が働くことは、むしろこれから実感していくことです。

僕はこれまでいろんな韓国語のテキストを使ってきましたが、はっきり言って、mp韓国語塾ほど語学や日本語の文法、思想に根ざしたテキストはないと感じています。

というのも、僕は「外国語はネイティブに習うのが早道とは限らない」と考えているからです。

確かに、ネイティブは発音も単語も文法も完璧ですが、日本語の思想や表現基盤を知らなければ、いたずらに活用を反復するだけで、そこには何の論理的脈絡も段階もない、という教え方もあります。

そして何より、一般の語学教室は長期間教えないと儲からないため、一気にやればわかりやすいところを、わざわざ迂回してもったいぶって教えているように感じます。

これは推測ではなく、実際にいくつかの語学学校に行って学んだ人に実際にテキストを見せてもらい、学び方を聞いて考えたことです。

皆さんには、韓国語とは関係ないようですが、ぜひ、『人生を変える80対20の法則』(リチャード・コッチ・TBSブリタニカ)を読んでほしいです。

「決定的に重要な少数」の大切さを多様な事例を駆使して説得的に述べている本で、あれは仕事や資産運用はもちろん、勉強にも非常に役立つ本です。

語学にももちろん「決定的に重要な少数」は存在していて、それは、その言語全体を支配する思想のことです。

皆さんはフランス語、中国語、ドイツ語も学んでいるようなので、僕はできるだけ、皆さんが既に知っている題材を通じて事例を出したいですが、ビジネス的発想も語学には大いに役立つものです。

特に僕は、英文解釈や韓国文和訳は、財務諸表の分析のように読みます。

全体から部分へ、部分から全体へ、そうした往復を繰り返しながら、分からない部分を想像し、全体の整合性を高めていきます。

この過程で、「思い出す力」、「知識と知識を組み合わせる力」という本当の思考力や知恵が高まると感じています。

そうすると、忘れようにも忘れられない記憶が定着するものです。

語学の要諦はすべからく、「記憶するな」にあると僕は思っています。

臨時収入に頼って出費を繰り返しても、自分の実力を正確に把握するのは不可能です。

短期的な目的に限定された勉強が、いかに傍目には熱心と移ろうが、実質的には忘却の準備に過ぎないことは、受験勉強が示しているでしょう。

「勉強したのに、覚えていない」。

このことが、どれだけ若者に挫折を与えていることでしょうか。

全ては考えなくて良い勉強、頭を使わなくて良い勉強だからです。

皆さんの基礎学力は、同時期の僕よりずっと高いです。

何か事例を出そうとして、それを把握する力は、当時の僕よりずっとあります。

そして僕は皆さんの頃、新しいやり方を試そうとする意欲と、「できる」と信じて打ち込む継続力には自信がありました。

今後の韓国語塾では、ぜひ皆さんの基礎学力と僕のアイデア、継続の工夫をミックスさせて、一生の学びを変える3ヶ月をともに過ごしましょう。

テキスト2冊目も、ぜひ楽しみにしておいて下さいね。

それでは、今日はやや微妙な天気ですが、今から釣りに行ってきます。

報告は後ほど…。

ちなみに、この前の夜釣りはボウズ(ゼロ)でした。

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ここにこの魚がいるということは…

こんにちは。小島です。

今川君、田中さん、富田君、いつものように丁寧なコメントをありがとうございます。

皆さんそれぞれサッカー、バレーボールとスポーツの経験をお持ちですが、今振り返ると、スポーツで得られたものはそのスポーツの技術はもちろん、それ以上に大切なものだったと思います。

集中力、チームワーク、忍耐力、思いやり、厳しさ、優しさ、そして思い出…。

どんなことでも楽しみが見えてくるまでやると、難しくても、大変でも、それが好きになるものです。

そうした大切な基本を分かっているので、mpでもFUNでもみんなどんどん成長していけるのだと頼もしく思っています。

そしてこれは、「釣り」も同じです。

そこで今日は、小さな兆候から全体を推測することの大切さについて考えてみたいと思います。

これは、読書合宿やビジネスエリート講座に来ている方なら、「部分的真理の一般化」という言葉を何度か聞いたことがあるでしょう。

もっと一般的に言えば「拡大解釈」、学生の皆さんの話し言葉で言えば「決め付け」のことですが、これは、そもそも決め付けそのものが悪いという単純な意味ではなく、決め付けた結果以外の可能性を拒絶し、批判や検証の余地を残さないことが問題だということです。

こうやって余裕を持って解釈しなければ、誰かがあることを決め付けているような様子を見て、「部分的真理の一般化だ!」と、逆に自分が決め付けてしまうことになりかねません。

人間の頭脳は、冷静さと余裕を持っておかないと、一つの物の見方を知ったとたんに、同時に大切な何かを失ってしまうこともあるものです。

だからこそ、慎みや思いやりが大切になってくるわけです。

そしてまた、人生には受験や就職、起業、スポーツなど、小さな可能性を及ぶ限りの全体に及ぼして、それ以外の可能性をあえて排除する集中力や執着心が必要な時もあります。

竹山道雄さんのすごいところは、歴史のような、その後に生まれた人間が見る対象には厳しく決め付けを戒めているものの、スポーツや芸術のような創作的要素の強い営みには、あえてこうした精神態度が必要だと書いているところです。

これは、「人間について」所収の『ものの考え方について』に入っています。

確かに、野球のベテラン選手は、数回素振りをさせただけで、若手のそれまでの練習方法とか実戦での課題、可能性を推測できます。

釣りのベテランなら、投げ方や仕掛けをちょっと見ただけでその人の腕前が分かるだろうし、ちょっと海を見れば、どんな魚がいそうなのかも分かるでしょう。

こうした、生産的で積極的な決め付けを、僕たちは通常、「勘」とか「経験」と呼んでいます。

人間には視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚の五感と、具体的には説明できなくてもなんだかそう感じるという直感、そしてそれを超えて精神の深い部分で働く第七感があると言われています。

仏教では、その上にさらに深い第八識に相当する「覚」があり、これを「アラヤ識」と呼んでいるそうです。

この話は、岡潔さんの「春風夏雨」に出てきます。

『聖闘士星矢』が好きな人なら、「アラヤ識」の話は別の意味で聞いたことがあるかもしれませんね。

しかし、僕たち凡人はまず、ソムリエやシェフでない限りは、五感の中の視覚、聴覚、そして直感を鍛えるのが先だと思います。

哲学でも、思考方法には二つあって、前提となる論理を仮定して事実を検証するのを演繹、事実を集めて検証し、一般原理を導くのを帰納というのは、聞いたことがあるでしょう。

FUNの「近現代史勉強会」にはこの手の話がよく出てくるし、よく考えることです。

そして、演繹と帰納はどちらが優れているということはなく、必要に応じて両方をうまくハイブリッド方式で使うのが理想的です。

といっても、僕たちの頭は日頃、「今は演繹か?帰納か?」などと考えたりはしません。

こういう言葉に触れてみて、「なるほど、そういうものか」と確認するのが普通です。

そして僕は、なぜ釣りが好きかというと、この演繹と帰納の二つの往復で経験や知識が蓄積されていく実感が楽しいからです。

魚や海はランダムに活動しているように思えますし、実際そういう部分も細かく見ればあるのでしょうが、僕が慣れ親しんできた博多湾にも、月の引力の影響があるというのは、すごいことです。

今日のような「大潮」の日に最干潮と最満潮の海を比べてみれば、別の海というほど水量が違います。

そして、上げ潮や下げ潮といった時にプランクトンなどが動き、小魚が動き…といった動きがあるとはいうものの、僕は釣れればそう感じるし、釣れなければ「案外そういうものでもないのかも」と感じるだけ。

つまり、「素人」なのです。

僕のように、昔から父親がおらず、小中高でもリーダーばかりで、会社勤め三年で独立したような人間には、一面強烈な自負心が必要ですが、同時にいつも学ぶ「師」を持たないため、どうにか慢心や激情を抑える工夫を持たなければと思ってきました。

もちろん、個人的な年上の友達はいるのですが、いつも定期的に会って話すわけではありません。

だから僕は、歴史上の人物にそれを求めました。読書合宿や近現代史勉強会で学んでいる人たちは、僕の20代の心の先生ばかりです。

また、同時に、日常生活の中にも規範を作る場を持ちたいというのが独立してからの夢でした。

そして、最近その最適の手段として気に入っているのが、釣りです。

玄人からすれば神経質に思えるかもしれませんが、僕は本やネットで魚や釣りについて勉強してみて、「ここにこの魚がいるということは、どういうことか?」とあれこれ考えて見ます。

はっきりいって、現実的には無意味な思考です。

その勘が当たったことはないし、勘が育つような釣りをしたこともありません。

そういうものはある日突然気付くものだろうから、せっかちに成長を求めているわけでもありませんが、この「思い通りにいかない」ということが楽しいわけです。

振り返れば僕は、韓国語を学ぶ時も、韓国語を海に見立て、単語を「魚」のようにあちこちから眺めてきました。

「どうしてここで、この単語がこういう形なのか?」

僕は本や辞典が好きですが、初めて語学を学ぶ時は、最初から辞書を引きまくらないようにしています。

というのは、前後の文脈やそれまでの知識から単語を見つめ、意味を推測するのが楽しいからです。

テストなどには役に立たない勉強態度かもしれませんが、昔からこの「考えること」自体が好きなので、この性癖はなかなか変わりません。

そして、語学については人間が作り、人間が使うものだから、一定の見識が蓄積され、自分で使って誤らず、人に教えて誤らないようになった言語の一つが韓国語です。

しかし、釣りはなかなかそうはいきません。

なんといっても大自然と魚が相手ですから、人間の経験など微々たるものです。

僕の弟は磯釣り12年のベテランで、クロやチヌ、石鯛の大物を毎週釣っていますが、それでも「ボウズ」、つまりゼロの日があるそうです。

たかだか一年、しかも本格的な釣り場が少なく防波堤主体の僕が釣りの心を体得するのは、何十年もかかりそうです。

しかし、こうして長期間取り組める本格的な趣味が欲しかったので、今は海に行くだけでも、海を見るだけでも楽しいです。

僕が昔から創業者の電気や創業物語、あるいは新ビジネスの発生秘話や新商品の開発ストーリーが好きなのは、それが生まれた一番最初のひらめきの中に、深く素朴な本質が込められているからです。

はっきりいって、最初のアイデアはこじつけか勘違いのようなものばかりですが、やはり創業者の直感はすごいです。

ひらめきの後はその過程や影響を論理化して、部下に説明することが大切ですが、僕は記者でこの過程をお手伝いしてきて、企業経営と外国語の翻訳は全く同じだと感じ、さらに経営に愛着が湧きました。

だから、今川君が「これが関連付けるということなんですね」、「講義が面白い理由が分かった気がする」と書いてくれたのが、本当に嬉しいです。

mpで教えているのは、魚ではなく釣り方です。

なぜなら、僕という一人の年長者の「人生の釣り方」を一つのモデルとすることで、皆さんの釣り方が鍛えられるからです。

学んだ皆さんは、自分を客観視する素直さと謙虚さを武器に、今の現実を直視して、「私が今就活をしているとは、どういうことか?」、「今、この会社がこの仕事をしているとは、どういうことか?」と考えることを楽しんでほしいです。

と言いつつ…

やっぱり「魚」が欲しい。

ということで、今日は上村君、山岡君と夜釣りに行く予定です。

報告は深夜か明日の朝に。

いつも、皆さんのにぎやかで丁寧な感想が嬉しいです。

夏の活気はこれからなので、みんなで力を合わせて、仲間の魅力を高めあっていきましょう。

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内定一本釣り

おはようございます。小島です。

昨日は…

本当に榎本さんがすごかったですね!

一人で何匹釣ったんでしょうか。

最近、「ポイント」というアパレルの会社を受けているそうですが、これは、釣具のポイントに就職してもいいんじゃないかというくらい、そして、魚と同じくらい、飲み込みが早かったです。

(※「ポイント」は店舗名で、会社名は「タカミヤ」です。北九州に本社がありますよ)

いやぁ、本当にすごい。

人はいつ、どこで隠れた特技に出会うか分からないものです。

昨日はほぼ全員が初心者という総勢13人で、狭い釣り場に練習も兼ねて行ったんですが、みんなたくさん釣れて、夜は「くまもと亭」で食べました。

150匹くらい釣れて、食べきれないほどでしたね。

ぜひ、昨日の経験をこれからの仕事や就活に生かしていきましょう。

昨日は僕は全く竿を出さず、3時間、ずっと見ていただけでしたが、

「魚を釣る者の姿は美しい。だから私は、それを見るのが大好きだ」

という心境でした。

一緒に行った方々、昨日は本当にお疲れ様でした。

今回でだいたい基本は分かったと思うので、今度は僕も一緒に釣りたいです。

来週も、ぜひみんなで行きましょうね。

さて、皆さんは約3時間の釣りで、何を感じましたか?

農業と並んで人類最古の「仕事」である釣りには、多くの仕事や学問に通じる深い深い思想・哲学があると僕は勝手に感じています。

そのうちのいくつかを、ちょっと考えてみましょう。

①タナがずれれば魚はいない。

「タナ」というのは、魚の泳層のことです。

たとえば昨日たくさん釣れたボラ、秋に群れて泳ぐサヨリなどは、水面から1メートル以内のところをゆらゆらと泳いでいます。

また、スズキなどは3~5メートル辺りのところを回遊しているし、コノシロなどもこの辺りです。

チヌやクロはもう少し深く、昨日百匹を超えたアジは、5~10メートルあたりに大量に群れています。

つまり、相手がいる場所に自分の仕掛けを合わせなければ、いくら頑張っても努力が重なることさえないのです。

②自分の居場所に魚を呼ぶのではなく、魚のいる場所に自分が行け。

人間社会に「業界」があり、それぞれの業界で各企業が自分の守備範囲を守っているように、魚も自分の好きな場所があり、そうした場所を回遊しています。

そうした魚の「得意な持ち場」から無理やり魚を引き離して近づけようとしても、こちらの努力が無駄に消耗されるだけです。

ですから、こちらでできる歩みよりはしなければなりません。

③焦ると波間のきらめきが「魚」に見える。

昨日の釣りでは、友達がたくさん釣れて焦り出し、波間のきらめきを「おっ、でかいのがおる!」と言っている人もいました。

やや目が慣れた僕から見ると、それは単なる太陽の反射なんですが、魚を期待する気持ちが光まで魚に見せます。

数名は「おいおい、それ『第二現実』やろ」と言っていましたが、それこそ生きた勉強というものです。

素晴らしい。さすがmpメンバー&FUN部員です。

④友達が釣れて自分が釣れないと、場所や仕掛けが気になる。

友達がボンボン釣れているのに、その近くにいる自分が釣れない…。

すると、「自分の場所は悪いのかな?」、「自分のエサの入れ方は悪いのかな?」、「自分の投げ方はまずいのかな?」と気になってきます。

これは、友達が一次面接を二社、三社…と通過しているのに、自分はまだ何の手ごたえもない時の孤独感や不安と似ているとは思いませんか?

まさに「海辺のマルクス」です。

⑤相手が欲しがった瞬間に合わせないと、針を深く飲まれる。

釣りはまさに「一期一会」。エサを求めてきた魚があなたの仕掛けに反応してくれた瞬間に、タイミング良く合わせなければ、エサや針を深く飲まれてしまい、外すのに時間がかかってしまうことがあります。

これは、実社会の人間関係や面接でも、適切なタイミングで言葉のやり取りをしなければ、誤解や消化不良を招くのとやや似ています。

⑥潮が満ちると魚も変わる。

昨日は上げ潮(干潮から満潮になる時)の海に行きました。

最初は海面が遠かったのに、帰る頃にはずいぶん近付いていたのを、行った方は目の当たりにしたでしょう。

まさに大自然の偉大な力のなせる業ですが、潮が変わると釣れる魚も変わります。

これは、景気が変わると目立つ業界が変わるのにもすごく似ています。

昨日のようなアジ、セイゴ、ボラなどの魚であれば、どんな状態の海でもよく釣れますが、それでも潮が満ちるほど、陸上からも魚の違いがよく分かったでしょう。

⑦エサは「自分の付けやすさ」ではなく、「魚の食べやすさ」を基準に付けよう。

仕掛けとは「志望動機」であり、エサは「自己PR」です。

面倒だから、不慣れだからと、自分がしやすいように、一応作ってみたような仕掛けでは、魚からすれば食べにくいし、糸がもつれたり針が巻きついたりして、結局自分が損します。

エサは「私が食べたいもの」ではなく、「魚が食べたいもの」です。

ならば、魚が食べたいように、食べやすいように、食べられるように付ける必要があります。

まさにスピーチ塾と同じ原理です。

⑧道糸がたるんでいると、いざ釣れた時に「合わせ」が遅れる。

「道糸」というのは、リールから「サルカン(つなぎ目の金具)」まで伸びている糸で、サルカンから下の針が付いた糸を「ハリス」と言います。

サルカンから上は海上、陸上にあるものだから魚からは直接は見えません。

しかし、相手に見えないところで怠けていると、波の変化でウキが寄せられ、いつしか道糸はたるんでしまいます。

そんな時に魚がエサに食いつき、いざ巻こうと思っても、「合わせ(魚の食いに合わせて引くこと)」が遅れてしまうことがあります。

面接もこれと同じで、相手に見えるところをいかに頑張ろうが、日常生活や平素の習慣という「見えない部分」をおろそかにしていれば、反応が鈍く、遅くなってしまい、持ち味を十分に生かす機会が失われます。

⑨魚の「いる」ところではなく、「来る」ところに合わせろ。

今、目の前にいる魚の居場所に合わせて投げても、数秒後には魚は移動しています。

ですから、撒き餌は魚の群れからやや遠い場所、つまり魚の「未来」に向かって投げ、そこに来た瞬間に釣り上げるのが理想です。

面接でも、「今年の業績」、「今のヒット商品」に共感しても、それはもう現在進行中か、終わっていることです。

ですから、会社がこれから目指している場所に、あなたの夢という「エサ」を投げ、相手が興味を示して身を乗り出してきた瞬間に内定を釣り上げるべきです。

⑩小魚の周りに大物がいる。

昨日は大物は釣れませんでしたが、魚の世界にも階級があって、大きく強いものが上位にいます。

ですから、釣れた魚が小物だといっても粗末にせず、それをエサに大物を狙うのが理想的です。

営業でも、テレアポをしてかかった相手が「新人」だからとがっかりするのではなく、まずその新人と仲良くなり、次に係長を釣り、課長を釣り、部長を釣り、社長を釣り上げるのが大事です。

小さなものと大きなものの関係を見抜き、小さいものが釣れたという事実から何を見抜くか。

仕事と釣りは同じ原理で動いています。

ということで、今日は、僕が体験し、発見した「釣りと就活(仕事)」の数多くの共通点のうち、10個をご紹介しましたが、こうした事例を体験をもって共感できるのは嬉しいことです。

昨日行けなかった方、今後たくさん聞くであろう体験談(および自慢話)を聞いて行きたくなった方は、今度ぜひ一緒に行きましょう。

富田君、いつも熱いコメントをありがとうございます。

昨日、富田君の靴下に「得点王soccerを書いているのを発見しましたが、昨日は富田君が釣ったセイゴが一番大きかったですね。

(※しかし、バケツを片付ける時に、僕が気付かずに海に返してしまいました…ごめんなさい。また大きくなって釣ってあげて下さい)

松吉さん、丁寧なコメントをありがとうございます。そして、内定おめでとうございます。

夏はマネー塾でお金の本質を学び、将来の可能性を仲間とさらに大きく描いていきましょう。

田中さん、昨日はとても釣りに行きたかったようですね。

mp6と榎本さんが、今度はしっかりと教えてくれるはずですから、次はぜひ一緒に行きましょう。

田中さんは地元が東区ということですから、慣れたら家の近くで大物を狙えると思いますよ。

夏のmai placeは、未来の夢を釣り上げる「釣り方」を徹底的に鍛えますから、これからもどうぞお楽しみに。

さて、最後に面白いHPをご紹介します。

海中の魚たちは、エサにどう反応しているのか…?

■うおみオンライン

いつかみんなで、こんなのを釣りたいですね。

■石垣島のカンパチ

以上、mai place自給自足コース『海釣り塾fishのレポートwaveでした。

漁民 小島

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知識のお値段

こんばんは。小島です。

皆さんはPCはお持ちですか?

もちろん、お持ちですよね。

僕は6年前、FUNの顧問を引き受けました。

このサークルはご存知の通り、企業取材と雑誌発刊を中心的活動にしています。

そのため、ワード、エクセル、エクスプローラだけでないソフトの使い方を教える必要があり、8回ほど「パソコン塾」を開きました。

その時僕が驚いたのは、学生のPCの性能の良さとソフトの多さです。

小島 「これ、いくらで買った?」

学生 「えーと、20万円くらいだったかも…」

小島 「20万!用途は?」

学生 「レポートとか、ネットとか…」

学生2 「リクナビも見ます」

小島 「・・・」

僕はびびりました。まさか、こんな値段でPCを買う若者がいるとは思わなかったからです。

古着、学食、学割、エコル、ドンキ、100円ショップと、学生は様々な商品やサービスを割引されたり、割引したりして買うのが好きだと思っていたのですが、ことPCに関しては、ブルジョアでした。

「それ、巨大冷蔵庫買って、卵一個入れてるのと同じだよ」

「家の前のコンビニに行くのに、ベンツ買う?」

こんな感じで言ったら、学生は「え~っ」と驚いていました。

そして、このPCに対する知識不足によるキャッシュアウトは、今も変わっていません。

ですから僕は、よくメディエイターやドスパラをPRしています。

別に回し者というわけではなく、動画編集やCG作成を専門に行う学生でない限りは、新品を買う必要は全くないからです。

あるいは、メーカー品を買う必要もないからです。

ということで、最近は上村君と山岡君が特に「行きたい!」と言っているドスパラと、ビ○クカメラのPCを、同じ機能で値段を比べてみましょう。

学生の皆さんは、グラフィックソフトとかキャッシュ、SSD、SATAといった概念は分からないでしょうから、分かりやすいように、

①USBフラッシュメモリ

②ノートパソコン

③デスクトップパソコン

④ハイスペックマシン

を例に、

■OS …Windows○○という基本ソフト
■CPU …PCの頭脳であるプロセッサ。処理速度
■メモリ …処理容量
■HDD …データ記憶容量
■モニターサイズ …テレビと同じ「インチ」で計測。

の5分野で比べてみましょう。

まずは、PCに入る前に、学生なら誰もが一つは持っているであろう「USBフラッシュメモリ」から。

≪①USBフラッシュメモリ≫

【ビ○クカメラ】

Bufaro

BUFFALO USBメモリー「felicita」(8GB・ホワイト) RUF2-KW8GL-WH

⇒ 2,600円

【ドスパラ】

Usb

A-DATA USBフラッシュメモリ 8GB Classic Series C801 (8GB)

⇒ 1,690円

ということで、ドスパラの方が「910円」安いです。

次に、「ノートPC」。

≪②ノートパソコン≫

【ビ○クカメラ】

Lets

パナソニック Let’s note CFR8GW1AJR (2009年夏モデル)

■OS Windows Vista Business SP1(Win XP ダウングレード用リカバリーDVD付属)
■CPU インテル Core2 Duo プロセッサー 超低電圧★版 SU9400(1.40GHz)
■メモリ  2GB
■HDD 160GB
■10.4型TFTカラー液晶 XGA(1024×768ドット)

⇒ 184,000円

【ドスパラ】

Cresion_na

Prime Note Cresion NA

■OS なし(オプションで10,000円)
■CPU インテル® Atom プロセッサー 330 (デュアルコア / HT 対応 / 1.60GHz / L2キャッシュ1M)
■メモリー 2GB DDR2 SO-DIMM (2GB×1)
■HDD 320GB (5400rpm / シリアルATA / 2.5インチ)
■12.1 インチ HD光沢ワイド液晶 (WXGA / 1366x768ドット表示)

⇒ 59,980 円
(OS込み=69,980円)

これはすごい差です。実に「114,000円」も安いです。

ビ○クカメラのCPUがcore2 duo、ドスパラがAtomであることを差し引いても、デュアルコアの処理速度はお得だし、HDDは2倍も差があります。

ディスプレイもドスパラの方が一回り大きいですね。

どうしてこんなに差が付くのか?その理由は、

①ドスパラのPCにはプリインストールされているソフトやアプリケーションがない

②ドスパラは広告宣伝費が少ない

③ドスパラは社員が少ない

④ドスパラは繁華街の目抜き通りには店舗を出さない

というものが挙げられるでしょうが、最も大きな強みは①でしょう。

次に、デスクトップPC。

≪③デスクトップパソコン≫

【ビ○クカメラ】

Fmv

FMV-DESKPOWER CEシリーズ FMVCED40(2009年夏モデル)

■OS Windows Vista Home Premium SP1 がもっと快適
■CPU インテル Core2 Duo プロセッサー E7500(2.93GHz)
■メモリ パソコンをよりスピーディーに操作できる「高速DDR3メモリ4GB」
■HDD 約500GB
■モニター 22型ワイドスーパーファインVX液晶

⇒ 149,800円

【ドスパラ】

Jd_b_r

Prime Magnate JD

■OS なし(オプションで10,000円)
■CPU インテル® Core™ 2 Duo E7500 (デュアルコア / 2.93GHz / L2キャッシュ3MB)
■2GB メモリ (DDR2 SDRAM 800MHz / デュアルチャンネル)
■HDD 320GB
■モニター なし(22インチ=16,800円)

⇒ 39,980 円
(OS・モニタ込み=約67,000円)


これは実に「82,800円」の差です。CPUは全く同じスペックで、メモリ・HDDはFMVの方が上です。

しかし、差額でドスパラのPCがもう2台買えます。これは、サーバーに使ったら何倍もお得ですね。

さて、最後に、山岡君のように…

①音楽を聴きながら、

②Videostudioでレンダリングをかけながら、

③Movie Makerで動画ファイルをトリミングしながら、

④出来上がったflvファイルをYouTubeにアップロードしながら、

⑤その隙間を縫って試験のレポートを書きながら、

⑥IllustratorでforFUN(FUNの雑誌)の原稿を作りながら、

⑦ウイルスバスターの定期チェックを行いたい。

というふうに、たくさんの作業をPCを止めることなく、待つことなく、同時並行で片付けていきたい、という贅沢な人向けの「ハイスペックマシン」。

(※実際に山岡君がここまで多忙かどうかは確認してませんよ)

≪④デスクトップPC~ハイスペックマシン~≫

【ビ○クカメラ】

Valuestar

NEC VALUESTAR W PC-VW770TG (2009年夏モデル)

【先進スペック】
■OS Windows Vista Home Premium SP1
■CPU インテル Core2 Quad プロセッサー Q8200S(2.33GHz)
■メモリ 4GB
■HDD 約1TB
■モニター 22インチ

⇒ 264,800円

【ドスパラ】

Zx

Prime Galleria ZX

■OS なし(オプションで10,000円)
■CPU インテル® Core™ i7-920 プロセッサー (クアッドコア/2.66GHz/L3キャッシュ8MB/QPI 4.8GT/s )
■メモリ 6GB
■HDD 1TB
■モニター なし(22インチ=16,800円)

⇒ 147,980 円
(OS・モニタ込み=約175,000円)

僕が持っているのはこのモデルです。

僕のはHDDをもう1T増設し、モニターは24インチでしたが、それでもNECの最新機種より8万円も安かったです。

ドスパラは「クアッドコア(core2 quad)」を超えるcore i7プロセッサーを搭載し、メモリも6GBなのに、「89,800円」もお得です。

クアッドコアというのは、デュアルコアの2倍のコア数を持っていて、人間に例えれば「頭脳が4つ」と考えると分かりやすいでしょう。

core i7プロセッサーは、クアッドコア構造ながら、一つ一つのコアが「ハイパースレッディング」という技術で二つの作業を同時処理できることから、『論理8コア』と言われています。

インテルが来年辺りから商品化を考えていると言われている「オクタコア(8コア)」のCPUです。

ちなみに、core i7の最上位モデル「975 extreme」を買うと、ビ○クカメラで14万、ドスパラで10万円もします。

CPUだけでネットブック2台分の値段なのですが、スピード、つまり時間こそお金と考える人は、買うようです。

ここで、ビ○クカメラとドスパラでは、それぞれいくら違うのかを、まとめてみましょう。

①USBフラッシュメモリ
⇒910円
【35% お得】

②ノートパソコン
⇒114,000円
【62% お得】

③デスクトップパソコン
⇒82,800円
【55% お得】

④ハイスペックマシン
⇒89,800円
【34% お得】

となりました。

皆さんは、冷蔵庫を買う時に、最初から野菜、魚、肉をぎゅうぎゅうに詰め込んでもらい、高額の配線や塗装を施してもらい、わざわざ「10万円相当」の余計な氷を買いますか?

買わないでしょう。

それは、「冷蔵庫に何を入れるかは、自分で決める」と思っているからです。

つまり、冷蔵庫の機能と使い方に関して「知識」があるからです。

しかし、この世にもし、野菜や魚、肉という物の存在意義を知らない人がいたら、

「お客様、野菜も食べられますよね?ビタミンも取るでしょ?DHAやEPAも必要ですよね?鉄分もないと困ります」と丸め込まれて、最初から野菜、魚、肉がぎゅうぎゅうに詰め込まれて、さらに余計な「氷」のオプションが付いた冷蔵庫を笑顔で買うかもしれません。

「そんなこと、誰がするか」と思いますよね。

なのに、PCに関しては、こういう買い方をして平然としている学生も多いものです。

PCは今や生活必需品ですから、自動車よりも短期間で買い換えたり、バージョンアップを行い、その支出は保険ほどにはならないものの、交際費か遊興費くらいには相当するかもしれません。

だから、正確で適切な知識を持っておきたいものですよね。

最後に、以下の二つの画像を見比べて下さい。

まず、ビ○クカメラ

Biccamera

そして、ドスパラ

Dospara

分かりますか?

双方は「基準」が違う客層を相手にしているのです

「~で選ぶ」という項目を比べれば一目瞭然。

ビ○クカメラは形、用途、重さ、メーカーなど、「質」とはまず関係がない項目が基準となっているのに対し、ドスパラはCPUとグラフィックソフトだけ。

HPを見れば他の項目もあるのですが、ITやPCに関する用語が分からない人には、意味が分からないと思います。

会計も営業も、マネーもスピーチも、語学も経済思想も、リーダーシップも、そしてPCも、「知識の有無」が支出と収穫を決めます。

ドスパラのようなBTO(build to order)形式のPCショップは探せばいくつかありますが、広告宣伝を行う大企業以外にも、良い商品やサービスを提供している会社はたくさんあります。

もちろん、ビ○クカメラも日本を支える大企業の商品を売りさばく、大切な仕事をしています。

ですが、僕は、相手にしづらくても、クレームや要求が多くても、詳しい知識を持つ顧客を相手にしたサービスの方が、いずれ伸びていくと考えています。

これはmai placeもまさに同じです。

「資格にも単位にもならないし、しかも見えない知識にお金を払う学生なんて、いるの?」

大月さんは時々、そんなことを聞かれるそうです。

しかし、大月さんは「います」と自信を持って答えています。

願わくは、皆さんの「mai placeのここがいい」、「もっとこうしてほしい」という正直な声を、大月さんにぜひ届けてほしいです。

mpのメモリは大月さん、CPUは僕、OSはmp6、モニターは皆さん、HDDは先輩たちです。

ということで、今日はPCについて書きましたが、近いうちにPCを買い換えようと思っている方は、筑紫口そばのドスパラにぜひ遊びに行ってみて下さい。

勉強してから行くと、行くだけでも面白いですよ。

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お役立ちデエタ

こんにちは。小島です。

何様やら、一部で正字體が流行の兆しを見せてゐるやうです。

といふことで、僕が近現代史勉強會やビジネスエリイト講座で活用してゐる「正字體」の表を掲載して置き度いと思ひます。

五十音順に竝べてゐるので、使ひ易い筈です。

是非メイルやブログに活用して下さい。

【あ】  亞 惡 壓(圧)

【い】  圍(囲) 醫(医) 爲 怡 壹(壱) 飮 隱

【え】  榮 營 衞 驛  圓(円) 鹽(塩) 艷

【お】  應 歐 毆 櫻  奧 穩 橫

【か】  假(仮) 價(価) 畫(画) 會 繪 壞

        懷 擴  殼 覺 學 嶽

     樂 罐(缶) 卷 陷 勸 關

        寬  歡 觀 顏 巌 

【き】  氣 歸(帰)  龜(亀) 錡 僞 戲(戯)  犧

        舊(旧) 據(拠) 擧(挙) 峽 挾 狹

        曉  敎   鄕 尭 堯 瑾

【く】   區 驅 勳 薰

【け】  徑 莖 惠 溪 經 螢

        輕  繼 鷄 藝 缺(欠) 蹶

     縣 儉 劍 險 圈 檢

        獻(献) 權 顯 驗 嚴 

【こ】  廣 效(効) 亙 恆 淆

        鑛(鉱) 號(号) 國 黑 巌

【さ】  碎 濟 齋 劑 册(冊)

       雜 參  棧 蠶(蚕)  慘 贊 殘

【し】  絲(糸) 齒 兒(児) 辭(辞) 濕(湿) 實(実)

        舍 寫(写) 釋 壽(寿) 收 從

     澁 獸 縱 肅 處(処) 諸

        敍 將 祥 稱(称) 燒 證

        奬  銷 條   乘 淨 剩

        疊 繩 穰 壤 孃 讓

        釀 觸(触) 囑(嘱) 眞 神

     寢 槇 晉 愼 盡(尽)

【す】  圖(図) 粹 醉 穗 隨 髓 樞 數

【せ】  聲(声) 齊 靜 竊(窃)

    攝(摂) 專 淺 戰  潛

        瀨 踐 錢 潛 纖(繊) 禪

【そ】  雙(双) 壯 爭 莊 搜 插 裝

     聰(聡) 總(総) 騷 增

    藏 臟 屬(属) 續(続)

【た】  墮 對(対) 體(体) 帶 滯 臺(台) 瀧

        擇 澤 擔(担) 單
    
    膽(胆)   團(団) 斷 彈

【ち】  遲 癡(痴) 蟲(虫) 晝(昼) 鑄(鋳)

        緖 廳(庁) 聽(聴) 敕 鎭 遞(逓)

【て】  鐵 點(点) 轉(転) 傳(伝)

【つ】  塚

【と】  都 燈 當(当) 黨(党) 盜

        稻 鬪 德  獨(独) 讀(読) 屆(届)

【に】  貳(二)

【の】  惱 腦 

【は】  霸  拜 廢(廃) 賣(売)

        麥(麦) 發 髮 拔 蠻(蛮)

【ひ】  祕 濱

【ふ】  福 拂(払) 佛(仏)

【へ】  竝(並) 甁 邊(辺) 變(変)

        辨(弁) 瓣(弁) 辯(弁)

【ほ】  舖 寶(宝) 豐(豊) 襃(褒) 沒(没) 飜(翻)

【ま】  萬 滿

【も】  默(黙)

【や】  彌(弥) 譯 藥

【よ】  與(与) 豫(予) 餘(余) 譽(誉)  搖   

        樣 謠 遙 瑶 瑤

【ら】  來(来) 賴 亂(乱) 覽  樂

【り】  龍 隆 兩(両) 獵 綠

【る】  壘(塁)

【れ】  禮(礼) 勵(励) 隸 靈 齡 戀(恋) 聯(連)

【ろ】  爐 郞 朗 勞 樓 祿

【わ】  灣(湾) 

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意外性を持とう

こんばんは。小島です。

今日から第8期マネー塾が始まり、久しぶりに新光ビルに行きました。

手続き簡単、利便性抜群、外装&内装はやや古めでも、料金もお手ごろ、おじさんも親切、片付け不要。

いやぁ、資本主義って、本当に素晴らしいですね、増田君。

…さう言へば、増田君は卒業して江戸に奉公に行ったんだった…。

さて、情報や知識には「ストック(固定的なもの)」と「フロー(流動的なもの)」があるのは、皆さんご存知のことでしょう。

例えば歴史の素養はストックであり、テレビの情報はフローです。

ストックとはフローの集積から生まれた知恵や見識であり、フローとはストックによって取得される新たな知識や情報です。

植物に例えれば、ストックは根や幹で、フローは枝や葉です。

そして、mpやFUNで代々大切にしてきたのは、一人では後回しにしやすく気付きにくいストックの方です。

しかし、だからといって何もフローを軽視しているわけではありません。

もちろん、ストックなきフローはただの知識や情報の使い捨てになるだけですが、フローなきストックも停滞や衰退を招くだけ。

財務諸表がそうであるように、固定資産と流動資産は相互に相手を規定しあうところで存在意義があるのであって、mpでもフロー、つまり現代的必要から要請される知識の習得にも力を入れたいと、かねがね願っていました。

そして、今年の四年生は、なんと、夏の時点にして新人コースを受け終わった方がたくさんいるという、過去にないハイペースで学んでいる学年です。

これも、mp6の皆さんを初めとして、四年生の皆さんの向学心、向上心の賜物だと感謝、感動しているところです。

そして、mpでやっていきたいフローとは、①語学、②会計、③ITの三つです。

というのは、これはあくまで僕個人の体験からなのですが、僕は「大卒」ではないので、就職や転職ではいつも「実力」や「結果」だけを求められてきました。

立場が違うので想像しにくいかもしれませんが、もし皆さんが今週大学を中退して来週から働かないといけないという状況になった時、会社の人から

「ウチを儲けさせられる根拠は?」

と聞かれたら、なんと答えますか?

人それぞれ、いろんな答えを用意するでしょうが、僕の場合は外国語でした。

僕は社会人生活14年のうち、会社に勤めた経験は3年しかありません。

あとは、全部自分のアイデアだけで食べてきました。

もちろん、大卒じゃないことから、筆記試験で一人だけ別の部屋に通され、「なんじゃ、こりゃ~!」とびっくりするような漢字テストを受けたこともあります。

業務上のケアレスミスで、「やっぱ、中退だからね」と言われたこともあります。

僕はそんなことでいちいちイライラする人間ではないのですが、「これが中退ってことか」と感じた体験は何度かあります。

ですから、大学をやめた19歳から、好きな外国語、会計、PCは自分で黙々と勉強してきました。

僕の勤めた出版社は小さくてお金の余裕もなかったので、僕のPCはなく、自分でPCを買いました。

いつか書いた「Compaq Presario」です。

さらに、締め切り前はPCが空かずに深夜まで待つこともあり、それが嫌だったので、自分で「Adobe Publishing Collection」を買いました。

その値段、なんと18万円。PCより高額でした。当時の僕には痛い出費でしたが、すぐに元を取りました。

そうやって自分でイラストレータ、フォトショップ、ページメーカーを練習し、ワード、エクセル、パワーポイントはもちろん、アクセス、ファイルメーカー…等々も自分で買って覚えました。

また、会計についても、主に中小・零細企業ばかりでしたが、一人で黙々と勉強しました。

そして、今14年を振り返って思うことは、思想、信念、ビジョンの面では歴史と古典に勝る財産はないものの、実務の面では、語学・会計・ITが好きで本当に良かったし、助かったと感じています。

世の中には大学中退どころか高卒、中卒の社長さんもけっこういますが、語学は別として、会計とITに強い人は、若くして自力で生計を立てる道を実現し、サラリーマンの何倍も稼いでいる人が大勢いました。

また、別に独立しなくても、会計とITが分かる人はビジネスの組み立て方や自分の作業の計画の仕方が段違いに速く確実なので、社内でもうまくいっている人がたくさんいました。

大きな会社では学歴も大事です。

同じ学校の出身者という信頼感は、何よりのものでしょうし、そういう一体感は研修じゃなかなか作りにくいと思うので、世間では「学閥」とか言いますが、会社が活性化する限りは、同期の絆も良いものだと思います。

しかし、学歴ではカバーできない面は、やはり実力でカバーしないといけません。

そして、この「実力」というものが何かと考えた時、僕は語学と会計とITだと思ったわけです。

少なくとも、この三つにおいては、僕は学歴のデメリットを感じたことはありません。

営業、スピーチにおいては、一般的な大卒より僕の方がはるかに上です。なぜなら、僕はスピーチでお金を取ることができるからです。

一般のサラリーマンに、社名や出身校名を伏せて有料の講義ができる人は、ほぼいないでしょう。

しかし、僕は知識や考え方を客観化することで誰もが学習可能な形式に変換し、どの世代に対しても有料の研修を作り出してきました。

給料日がない人間は強い、とつくづく思います。

他人が認める形で自分の頭を使わなければ、一円ももたらされないからです。

ところが、営業力やスピーチ力は、数値化、つまり客観化しにくいものです。

できるとしても、「その会社では」、「その商品では」という制約を受けるので、なかなか比較することができません。

となれば、やはり、語学、会計、ITというふうに、誰もが知っているものに長じるのはとても有利です。

それに関する言葉を操ることで、他人は「こいつ、なかなかやるな」と判定してくれるからです。

皆さん、

「商学部なのに○○語が話せる」とか、

「文学部なのに財務諸表に詳しい」とか、

「女子大生なのにPCに詳しい」というのは、

かっこいいことだと思いませんか?

流行に敏感な大学生の皆さんですから、人のカッコよさ、かわいさには、僕なんかよりもっと厳しい目を持っていると思いますが、そうしたカッコ良さとはまた別に、僕は、人のカッコよさは、「意外性」から来るものだと思います。

薩摩藩士の増田先輩が、実は「ピアニスト」だった。

ITに強く、自転車で颯爽と駆け抜ける山岡君が、実は「絵描き」だった。

寡黙(近頃は違うかもしれませんが…)な今川君が、実は「サッカーチーム」をやっていた。

FP資格を持つ川良君が、実は「5本指靴下」を履いていた…。

これはみんな、意外性です。

皆さんの中では当たり前で、意外とは思わない例もあるかもしれませんが、僕が知った時は、「へぇ、すごいなぁ」と思いました。

川良君の靴下は「写真撮ってヘッドラインに載せたらいい」と思いましたが、秋になって、三年生から、

「あ、靴下が5本指でVIPの先輩やんeye

と言われたらかわいそうだと思ったので、写真はおそらく、山岡君のHDDに保存されたままだと思います。

youtubeに載るかどうかは、総合ディレクターである山岡君の機嫌一つにかかっているらしいです。

このように、意外性は他人の興味を引きます。

人間関係における良い話題になります。

高校時代の友達は、僕のことを「軍国主義者+作文マニア+アジテーター」と思っていますが、学生時代の友達は僕のことを「中退野郎+外国語の達人+仕事中毒」と思っています。

また、社会人になってからの友達は、「古本中毒+異業種交流会中毒+エクセルマニア」と思っていると思います。

僕の昔の取引先なら、「暗算が速い若者+寝不足+チャリの人」と思っているでしょう。

しかし、10年以上感じてきた意外性の最たるものは、「中退なのに物知り」、「中退なのに勉強好き」、「中退なのに仕事が速い」というものだったと感じています。

つまり、僕は自分のセルフイメージのおかげで、得をしているわけです。

皆さんも自分をちょっと客観視して、自分の意外性を探ってみてはどうでしょうか?

「大学生なのに、○○なんてすごい!」でもいいし、

「○○学部なのに、なんて□□に詳しいんだ!」でもいいし、

「○○業界なのに、なんて□□業界に詳しいんだ!」でもいいでしょう。

相反する要素を調和させているところに、皆さんの人格があると思いますよ。

ぜひ、友達との話題にしてみてはどうでしょうか。

今川くん 「あのさ、オレの意外性って何?」

山下くん 「今川君がそんなこと聞いてくると思わんかった!」

今川くん 「そんなふうに返されると思わんかった」

という感じで、意外な意外性が見つかるかもしれませんよ。

ちなみに…

「女の子なのに釣りがうまい!」

なんてのもいいかも。

~大自然に不景気なし!~
mai place自給自足コースbanana
(大月さん非公認sign02

①『海釣り塾wave

も、この夏開始しますから、参加したい方は、近々一緒に釣具屋さんに行きましょう。

もちろん、「見るだけ」、「食べるだけ」、「からかうだけ」の参加も大歓迎ですよdelicious

といふことで、今日は意外性についてのお話でした。

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ここ数日のコメントへの返事

おはようございます。小島です。

ここ数日はひどい雨が続きましたが、皆さんのご近所は無事でしたか?

ヘッドラインはコメントがコメントを呼び、ますます盛り上がっていますね。

僕の記事についてもいくつかのご感想をいただき、ありがとうございます。

《今川君》

この前のビジネスエリートの後は、大月さんと2時間くらい語り合っていましたね。

最近、今川君は前にもまして学ぶのが楽しそうで、発言はいつも自分をしっかり持った個性的なものであり、みんなの注目を集めていますね。

もし「個性」というものがあるなら、僕は、みんなで一つのことに取り組んだ時に見えてくるものだと思います。

仮に共産主義思想を学んでも、

「部分的な事実を全体化してはいけない!」と単純に説きまくる学生もいれば、

「私の不幸は共産主義のせいだ!」と責任転嫁する学生もいれば、

「あぁ、これは弱い時、怒っている時の私だ」と反省する学生もいれば、

「人間の認識とはなんと複雑かつ単純なものだ」と興奮する学生もいます。

この種の勉強の初の試みは、2004年の夏にFUNで開いた「女子大経済学部」でした。

というのも、当時のFUNは西と東で二拠点開催しており、福岡女子大学には経済学部、商学部がないので、就活勉強会を通じて、「経済や金融の勉強をしたい」という学生が増えたので、やってみたんです。

その第4回が「学生の唯物論思考を排す」というものでした。

しかし、まぁ、何も伝わりませんでした。

ですから、その年の就活対策(現・就活コース)では、分かりやすく「モノ」、「コト」と置き換えて、「ほっかほっか亭」の話を始めました。

その話に対しても、

「世の中はモノとコトだ!」と決め付ける学生もいれば、

「そんなこといったって、私はやっぱりモノが欲しい」という顔をする学生もいれば、

「どうして自分は今までこんな単純なことを考えなかったのか?」と哲学的な問いを持つ学生もいれば、

「これからはコト一本で行きます!」と唯心的な模擬面接をする学生もいました。

こんな事実から、僕は、学生は目前の問いに対する一切の解決を求めているのだと知りました。

車に例えれば、エンジンという生命力は強いものの、ブレーキという抑制力は弱く、所々のカーブでドリフトしてるような印象です。

しかし、それが青年の強みでもあり、弱みでもあるのでしょう。

僕自身、いずれの感覚も昔、体験があります。

そして、どんな思想の本を読むにしても、影響を受けながら自分を発見し、また、自分を保ちながら影響を発見しながら、地道にやってきました。

今川君はじめ学生の皆さんに心がけていただきたいことは、どんなことにしろ、自分で責任をもって確かめる勉強の姿勢を確立してほしい、ということです。

そして、皆さんにはそれができると思っています。

今川君のユニークで、生活体験に密着した素直な着眼点は、mp全体を明るく活気付けてくれています。

今度はまたどんな感想が聞けるか、楽しみにしています。

《mpピンク君》

マルクスはある意味、すごい思想家です。空想だけであれほどの世界観を作り上げたのですから。

世間ではマルクスを経済学者、思想家と言っていますが、僕はマルクスが今の時代に生きていれば、映画監督か演出家になれば、非常に成功したと思っています。

マルクスは良くも悪くも小説家です。

共産主義に対して食わず嫌いの人も多いですが、誰の中にもある感情です。

FPの勉強を続けてきたmpピンク君なら、この思想の中には数的、つまり客観的な要素が何一つなく、借方・貸方という相対的な関係も何一つないことがよく分かるでしょう。

儲からない自分、生活が苦しい自分を正当化したいという、ただそれだけのために、金持ちを根拠なく批判しているのがよく分かるでしょう。

そして、そういう人ほど投機的な金儲けに憧れ、失敗していくんです。

そして、世の中ではそういう人が「金持ち」と思われています。

つまり、「お金をたくさん持っている人」というだけの表面的・唯物的な認識です。

財形貯蓄や資産運用、資産管理について詳しいFPはたくさんいますが、経済思想や経営思想まで知っているFPは見たことがありません。

ですから、ピンク君は人間の心を冷静に、そして温かく見つめ、相手の立場に立って、適切に資産運用のご提案が出来る証券マンになってほしいと考えています。

mpも来年には法人化の計画もあるので、大月さんから詳しく夢を聞いて、ぜひピンク君の知識でお手伝いして下さいね。

《tommy君》

あの動画は、YTでただ「労働者」と検索したら出てきた動画を、いくつか引っ張ってきただけなんですよ。

選べばもっと擬似理論的な映像もあったかもしれませんが、いくつか見ても、あんな感じです。

ニートの人は、僕が昔お手伝いしていたフリーターの方々と全く同じ考え方です。

というより、考えてさえおらず、主観的印象を理屈化しているだけですよね。

確かに現実は苦しく、昔望んでいた現実とは違うことに不満もあるのでしょうが、それにしても…って感じです。

しかし、僕が珍しいなと感じたのは、将来カレー屋さんをやりたい、といっていたことです。もし、具体的にカレー屋の経営者になることを考えているなら、あの動画のような意見にはならないと思うんですけどね。

いくら苦しかろうと、いくら不満であろうと、責任を転嫁できる対象を持つ限り、主観的にはいつも幸せ…。

人間の認識とは不思議なものです。

ちなみに、こちらは資本主義版の「嫉妬と憎悪」?。

相手の存在を認めていますhappy01一応、敵にも2ドルほど支払われています(というか、コカコーラの方が2倍売れている…)

さすが資本主義です。遊び心があります。これに比べると、共産主義はやはり器が小さいですよね。

まだまだ学生の皆さんで、面白い動画をぜひ探してみて下さい。

《mpレッド君》

先日、就活コース2010の名簿を見ていたら、mpレッド君一人の活躍で、何十人の仲間が増えたのかと、その動員力のすごさに驚きました。

また、そのきっかけが中江君の紹介であったこと、中江君は井上さんの紹介で来たこと、井上さんは平田さんが西南に置いたチラシを見たこと、平田さんは隈本さんのビラで入ったこと、そして、隈本さんは僕が作ったチラシで入ったこと…

5年間の不思議なつながりを感じました。

昨日は楽しみにしていた釣りに行けなくて、残念でしたね。池田君に勝とうと日夜訓練をしていただろうのに…。

わずかな瞬間でも、スピーチ大会の雪辱を晴らそうという敵対心、ちゃんと伝わってきますよ(笑)。

そうやって、客観的に感情の動きを見つめられるようになったのも、一つの成長ではないかと思います。

あの動画の途中の演説は、まさに『賃労働』か『宣言』ですよね。

あの人たちは、もちろん、読んでるわけがありません。たぶん、理解できないでしょう。

上の方の人たちはもしかしたら読んでいるのかもしれませんが、だとしたら、とてもたちが悪いです。

死んだ魚のような目でゾロゾロとつき従い、歩いていく人々を見て、『大東亜戦争とスターリンの謀略』のまえがきを思い出すかもしれませんね。

あんな映像や発言を見るたびに、日本人が西洋の遅れた思想に感化されたことよりも、伝統的な慎みや恥を忘れたことが寂しくなります。

日頃は平和とか人権とか言ってるくせに、「敵」にならそれを無視してもいいようです。

古来、敵への礼儀や尊重を、日本人は大切にしてきたのに。

9月からは日本の深い職業思想を学びますから、今は社会主義を論理的、客観的に見つめ、どこがどう人間性に反しているか、そして、今も変わらない問題は何か、友達と徹底的に語り合うのも大切です。

しかし、朝のドトールやベローチェでは違和感ありまくりだと思うので、場所には注意して下さいね。

さて、金曜からは「リーダー塾」の予定です。

こちらも楽しみにしています。

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自信と謙虚さ

おはようございます。小島です。

昨日のビジネスエリート講座は、「唯物史観」について詳しくご説明しました。

ですが、皆さんには、講義中にお話した余談、山崎闇斎の話が特に印象に残ったようでした。

そこで、まずこちらを。


同じ逸話は、元慶応義塾長だった経済学者・小泉信三博士の『共産主義と人間尊重』(文藝春秋★絶版)所収の「共産主義者の隷従精神」にも収録・解説されています。

「小泉信三全集」なら、第14巻に収録されていますので、富田くんはぜひ読んで下さい。

我々が情報を判断する上で、情報そのものを純粋に吟味、判断することは、どれだけあるでしょうか。

案外、発言者の学校名や会社名に威圧されて最初から無意識のうちに信用しているということはないでしょうか。

もちろん、校名や社名も長年の努力と実績に支えられたブランドなので、それはとても大切なものですが、そんなものは一応置いといて純粋に意見を聞いてみると、おかしいことを言っている人も多いものです。

また、無名の零細企業経営者でも、素朴で深い真理を何気なく言う人も多いものです。

闇斎が例に挙げた孔子の言行録『論語』の中には、「君子言挙げせず」とか「言を以て人を捨てず」という言葉も出てきます。

「怪力乱心を語らず」(超常現象、権力、恋愛、宗教は話題にしない)という現実的で平俗な孔子が、「私もまた平凡な人間なんだ」と言っているのではないかと、親しみが湧く言葉です。

「孔子だから」とその言葉に親しみを持つのもよいでしょう。

しかし、「こんなことを言った人は、人間を温かく見た人だろうなぁ」と感じるのも自然です。

学生の皆さんには、まず言葉そのものをじっくりと聞き、味わうことを練習していただければと思います。

もちろん僕も、仕事として有料の講義をしていますから、自分の意見を正しいと思って話をしています。

自分の意見だけが正しいと思っているわけではありませんが、自分の意見は正論だと信じています。

皆さんもまた、そんな信念を持った社会人から学びたいと思っているでしょうから。

しかし、僕が「正しいと思えばこそ、その正しさは今一度、自分の中での行動と省察を以て確かめてほしい」と言ったからといって、すぐそれを真に受けて、

「小島さんが正しいとは限らない!」

と言うなら、それは違います。

なぜなら、それこそ真に受けて自分で考えていないからです。

僕が正しくないということもまた、自分の体験と思索で証明することであって、いちいち他人と顔を見合わせて考えることではありません。

人の顔を見て意見を決めるような人は、人生で1分もまともな勉強をしたことがないのです。

その人がやってきたのは、権威やブランドへの隷属なのであって、いわば奴隷です。

皆さんの学生業界なら、東大とか京大とかいうようなブランドが有名なのでしょうが、そんな学校の先生の本だから信用するというような勉強態度は、ただ強者の意見を仕入れて自分を偽る偽装行為に過ぎません。

そんなものは憧れでも尊敬でもなく、ただの奴隷です。

闇斎はまさしく、そんな態度を批判したのではないでしょうか。

精神や知性を鍛えることを忘れたまま知識におぼれると、逆に勉強するほど痴呆化することもあるという、人間の不思議な真理だと思います。

このように、考える道具や材料にすぎない知識や学問が目的化すると、主体性のない人間が生まれるばかりです。

「なるほど、それこそ自分の言いたかったことだ!」という賛同もよいでしょう。

だからこそ、自分で今一度体験し、行動し、自分の言葉で心に気付きを刻んでほしいのです。

思想の独立とは、排他的に他者を遠ざけることではなく、受け入れながら自分を確立し、相互尊重と共感の中に自分をしっかりと保つことです。

拒絶し、遠ざけているほど、実は精神が隷属している証明になることもあります。

受け入れているからといって、隷属していることにもなりません。

大事なのは、この「和して同ぜず」という妙味にあり、意見が同じだからと賛同するのではなく、その意見を自己責任で発している主体性において共感するのです。

闇斎の話は今こそ通じる教訓を含んでいます。

ぜひ、本を買って、自分の目でも直接確かめてほしい歴史の一こまです。

昨日は終了後も、川良君や山下君たちが中心となってベローチェで学習内容を復習し、

「社会主義ってそもそも何?」

「で、共産主義とは何が違う?」

「じゃあ、資本主義って何?」

と、素朴な用語の認識をあれこれと語り合っていました。

その風景は、喫茶店の中でかなり違和感があるものでしたが、僕はとても素晴らしいことだと思いました。

そんな思索や討論から、「やっぱり小島さんの講義はすごい」と言ってもらえれば、僕はそれこそ嬉しいし、さらに、僕の定義や認識以上に深いものに到達してもらえれば、それがもっと嬉しいのです。

師と自称するのは僭越ですが、あえて言えば、師に学び、師を超えることこそ師の最大の喜びというものです。

そのお互いの向上において認め合い、尊敬しあえる関係こそ、mai placeで作っていきたい関係です。

僕は学校を早くやめて、働きながら自分で本を買い、実務の現場で学び続けてきた人間です。

ですから、実践の検証には自信がありますが、ずいぶん失敗もありました。

皆さんが今、本気でそうした文献を読めば、当時の僕以上の勉強はいくらでもできると思います。

しかし、最後にあえて言います。

FUN、mai placeで多くの大学の多くの学生と向き合ってきましたが、当時の僕より強固な信念と継続力、洞察力を持っていた学生は…

FUN第5期・西南卒のN口君一人しかいませんでした。

僕が見た学生だけを一般化することはしませんが、あえて言えば、多くの学生は、執着心がないのです。

最初から根拠やできる条件を考えるというのは、頭を使いすぎているのです。

よく頭を使うというのは、素直に行動するということでもあります。思考か行動かと唯物的に区分することではないのです。

それを、一度決意したことを投げ出すなんて、適当にやめて悔しくない程度のモチベーションしかないのです。

本気を自ら茶化して恥じない程度の環境にしかいなかったのです。

それで何の勉強、仕事ができるというのか。

そうしたいと思うなら、条件を問わずにやることです。

思った通りになるまで諦めないことです。

成功の反対は中断ですから。

僕が皆さんの年齢の頃は、仕事から帰って眠くなったら、冷凍庫の氷を顔に塗りつけても起きて勉強してました。

世の中には、

「1年目だから忙しい」

「不況だから大変」

と言う社会人もいますが、

この赤ちゃんめ、おまえだからできないんだろうが、この弱虫!

って思いますね。

そして僕は、甘やかさず、こう考えることが「人格を認める」ということだと考えています。

そして、こう言うことで、「おまえなんて、絶対超えてやる!」と思ってくれたら嬉しいです。

僕ごときを超えられないようでは、日本の若者は世界の若者には到底太刀打ちできないからです。

他人のノートを写す不正行為や、必死で勉強せずに単位をもらえるような「おままごと」をやってきた連中が「大卒」?

共産党宣言なみに面白いジョークです。

僕は究極において、若者を、皆さんを、信頼しています。

だからこそ、プライドを持ってほしいです。

本気と本気がぶつかりあい、冷や汗が流れるほどのスリルと感動をもって自分を発見する。

それが勉強というものです。

そして、その境地に達すれば、孔子を斬りつつ孔子を尊敬し、孔子を尊敬しつつ講師を斬る、という、一見相反することを同時に受け入れられるようになるわけです。

mai placeで確立したいのは、まさにこの自信と謙虚さの共存でもあります。

客観的権威の裏付けを得られなければ自信を持てないというのでは、エリートでも何でもなく、ただの下流人間です。

真のエリートはいかなる場所でも自分の選択に責任を持ち、居場所で主体的に行動を展開し、優れた人を発見して称え、落ち込んでいる人の心の友になって、ともに励まし、動ける人です。

ビジネスエリート講座の文献は、たくさんの思想分野から抜粋していますが、どれも生半可な気持ちで向き合っては、こちらが斬られるような本ばかりです。

この勉強において、毎週毎週、自分を発見し、自分を確立していきましょう。

昨日で4分の1が終わりました。

全17回を終えたときの自分を想像し、期待し、そして毎週の学びに達成感と疑問と感動を積み重ねていきましょう。

昨日も素晴らしい時間をありがとうございました。

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講義を作る

おはようございます。小島です。

田中さん、富田君、ご丁寧なコメントを本当にありがとうございます。

お二人の活躍で、ヘッドラインのアクセスがどんどん増えてますね!

佐伯さんも本当によく頑張っていて、コメントに限らず、冷静で主体的な意見がいつも将来の成長を予感させてくれます。

韓国語、頑張りましょうね!

みなさん本当にすごいです。

コメントは小さな作業ですが、地道に続けるのは大変で、書いてくれた人の思いに心を重ねなければ続かないことだと思います。

僕も講義だけでなく、ブログでも学生の皆さんに反応していきたいと考えたので、これからは田中さん、富田君、そして皆さんを見習い、こつこつと「内定への一言2009」を書いていきます。

さて、今日のビジネスエリート講座で読むのは、赤本中の赤本である「共産党宣言」です。

就職やビジネスを勉強している全国の学校、企業、団体で、労働組合以外にこの本を読んでいる若者はほとんどいないといっていいでしょう。

というより、今は学生でも、岩波文庫や講談社学術文庫はまず読まないですから、皆さんはとても珍しい勉強をしている若者だと思います。

そして、こんな、一見「怪しい」と言われそうな本を読むと言って学生が集まってくれることが、何よりmai placeへの信頼だと思えるのが嬉しいです。

そうした信頼と期待に少しでも応えたい、ただ分かるだけでなく、ワクワクしながら社会主義や唯物思想の矛盾に気付いてほしい、というのが、僕の一つのモチベーションでもあります。

さて、時々聞かれることのうちに、「どうやって講義を作ってるんですか?」という質問があります。

僕は学校の勉強は全くやっていないし、塾にも予備校にも行ったことがない人間なので、授業というものをあまりまじめに体験したことがありません。

というより、昔から自分で教材を作るほうでした。

というのは、母がピアノ教室をやっていて、クラシックの名場面の楽譜を集めては、子供たちにピアノが美しく、楽しく弾けるテキストを作っていたからです。

父も出版社に勤めていたことから、西洋文学や世界の児童文学、絵本を僕と弟のために集めてくれ、「○歳で○○を、○歳になったら○○を」と細かく決めていたそうです。

ちなみに、父が「中学になったら読め」との遺言を残して教えてくれた本は、「いきいきと生きよ」でした。

だから、僕はあの本の格言は、ほぼ全て暗記しています。

こういう家庭で育った僕ですから、人生で一度も親に「勉強しなさい」と言われたことはなく、「もうすぐテストよ」と言われたこともありません。

「点数が高いのはいいけど、点数しか判断基準がない人間は駄目よ」

「与えられた課題を頑張る人間よりも、自ら課題を提起し、自ら解決していける人間になりなさい」

子供の頃、よく母が言ってくれた言葉です。

そんな経験から、僕はいつも、新しい物事に向き合う時、自分で自分にテキストを作ってきました。

僕は子供の頃から作文が好きで、言葉にして自分の思想を確かめるのがとても楽しいと思ってきました。

自分で文集を作っては印刷し、頼まれもしないのに友達に郵送したりしていました。

しかし、思ったような反応がないこともあり、また、思ったのとは違う反応があったこともありました。

言葉と文章で考えを作るのは難しい、と感じた思い出です。

そんな習慣が自然のまま、大学をさっさと中退し、海外で働いて、帰国後は記者の仕事をやって、久しぶりに学生と会いました。

なんだか学生と会話がかみ合わなかったため、自分でエクセルやイラストレータでプリントを作り、勝手に勝手な話を始めました。

そして、その話はいつしか「講義」と呼ばれるようになり、なぜか、僕のレジュメを印刷して集める学生が続々と出てきました。

FUNに入っている方は、mpと同じように「講義⇒GW」という流れがあることをご存知でしょうが、なんと、初期のFUNでは、僕の講義だけを聞きに来て、講義が終わったら帰る学生さえいたんです。

あるいは、講義が終わった後にバイト場からかけつけ、レジュメだけを欲しいと言いに来る学生もいました。

その他、勝手にコピーして後輩に配りまくる学生、就職ガイダンスで無断使用する業者、業務説明で使う人事担当者…など、プリントが続々と広がりはじめました。

我ながら驚いた現象でした。

今はテキストとして体裁も内容も整っていますが、僕の講義にはそのような歴史があり、あたかも「オープンソース」のように、何百人という学生の観察と批評に耐えてきたわけです。

もちろん、それ以前に何百人という経営者、社会人の批判に打ち克ってきたことは、言うまでもありません。

mpもFUNも完全に自主的な場で、ここで勉強しても単位や資格がもらえるわけではないし、有料なので、学生は役に立たない、面白くないと思えばさっさと去っていきます。

実務経験以外に学生に何か教えられることがあるのだろうか、と思っていた僕は、物の見方そのものを講義化すれば、学生が楽しんでくれるのを見て、安心しました。

たとえば皆さんが見ているテレビ番組が「1時間=500円」だとすれば、一体、一日のうち何分テレビを見るでしょうか。

あるいは、皆さんが受けている授業が、単位の提供なく自腹で「10分=400円」だとしたら、何人がまじめに自費で聞くでしょうか。

学生が情報の価値に敏感であるか鈍感であるかは、人によって差があることだとは思いますが、僕は自分の作った授業に人様がお金を払ってくれることが、本当に嬉しかったし、今も嬉しいです。

そして、イマドキの女子大生に「共産主義」などを講義して、平日の夜に来てもらうことができることは、mai placeがいかに大きな可能性を持っているかを示す一つの事実だと感じています。

これは、感謝して姿勢を正さなければならないことです。

そんな僕が講義を作るときに心がけていることは、

①歴史・古典・会計に立脚すること

②論理的に明快な整合性を持たせること

③感情的に納得できる内容であること

④魚ではなく釣り方を与えること

⑤ピリッと効く香辛料を入れること

⑥思わずめもりたくなる名言を紹介すること

などです。

ちなみに、話す方は全てアドリブです。

あんまり授業っぽくなく、どちらかといえば煽動演説っぽい時もありますが、こちらは年を取れば落ち着いていくでしょうから、末永く見守って下さいませ。

昔よく話していたことですが、僕は、

①「2+6=□」

と答えを求める姿勢よりも、

②「□+□=8」

と、先に答えを決めて深く様々な視点から問う姿勢の方が、本当の思考力を鍛えてくれると思っています。

これなら、

「2+6」と小さな自分に経験豊富な先輩の力を足してもいいし、

「10-2」と自分の悪習慣をなくしてスリム化を図ってもいいし、

「16÷2」と自分の大改革を行っても、すべて「8」になります。

「8」というのは単なるシンボルで、要するに価値ある人生の目標のことです。

人助けでも、資格取得でも、職務上の成功でも、何でも構いません。

大事なのは、自分が今からやろうとしていることが何なのかを先に見極め、過不足なく素直に把握し、目標を見定めて自分が変化することです。

僕が講義に共通させているのは、こうした主体的、積極的、客観的な思想態度です。

また、昔はよく、

「源頼朝が鎌倉幕府を作ったのは何年?」

と聞いていました。

学生は「んなの、誰でも知ってるっしょ」という顔をしながら、小声で

「1192年」と答えます。

その後、僕は、

「じゃあ、頼朝が劣勢からわずか20年で政権を取れたのはなぜだと思う?」

と聞きます。

学生は当惑したり、横の人の顔を見たり、「早く答え言ってくれよ」という顔をしたりします。

僕は、

「頼朝が何年に鎌倉幕府を作ったかというのは、確かに一つの知識ではある。

しかし、人質という逆境にあった頼朝が、絶頂期の平家を相手に短期間で組織を作り、人を使い、目標を達成した考え方や行動は、『知恵』だ。

そして、このFUNで学ぶのは、この『知恵』だ。

知恵とは知識の組み合わせ方や、知識と知識の関連付けのセンスのことだ。

そして、君たちは今からその気になれば、何だってできる知恵を手に入れることができる。

どうだ、そんな勉強なら、してみたくないか?」

などとよく言っていたものです。

まぁ、内心ではちょっと

「さぁ、共産党宣言とお別れしよう」

とか、

「何が『いーくに作ろう鎌倉幕府』だ!こんな教育ばっかやってるから、悪い国になったんだろうが、この丸楠め!」

と言いそうになったこともありますが、そこはあえて伏せ、学生に実感しやすいシンボルに置き換えて話してきました。

そんな僕の作った講義ですから、具体的な形として残る単位や資格、経歴にはなりません。

が、代わりに学生の皆さんには、望むものを手に入れ、関わる人々を幸せにする「資質」を鍛えてほしいと願っています。

はっきり言って、皆さんの基礎学力は、同世代だった頃の僕と比べて、すごく高いです。

僕は16歳の頃から軍隊、戦争、お金、コンピュータ、古本、熱帯魚、ヘビメタが好きで、「おまえはもう、偏っている」という人間でした。

世間的に評価の対象となるものは、何一つ持っていなかったのです。

偏差値というものがそもそも何なのか中学の頃は理解できず、意味は高校時代に知りましたが、その平均が50であることは、高校3年くらいに知りました。

しかし、昔から継続だけは得意なため、手がけたことは楽しくなるまでやり続け、しかも、それに人を道連れにする能力はとても高かったのです。

だから僕は、決して「教える」という態度ではなく、まず「一緒に学ぼう」という姿勢を大事にしたいです。

「これって、面白くないか?」

というワクワク感を大切にしたいです。

楽しくない勉強や仕事は全て間違いです。

どんな勉強や仕事にも、楽しみの芯とも言うべき「勘所(ツボ)」があり、その核が「人を思いやる心」だと僕は信じているわけです。

だから、まぁ、何をテーマにどんな講義を作っても、必ず金太郎飴のように似ています。

しかし、その同じ金太郎飴を、何度も何度も新しく、おいしく味わってもらうために、シェフである僕自身も調理の腕を磨き続けているわけです。

今日のマルクス金太郎飴は、ちょっと歯ごたえが悪くて一瞬は消化が悪いかもしれませんが、有害物質を除去してくれる大事な食べ物です。

仕事。

会計。

スピーチ。

語学。

お金儲け。

人間関係。

なんでも欲張って「8」を先に決めて下さい。

そして、その適切な数式を導くのが、学生時代です。

今日の「宣言」は、また貴重な気付きがあるでしょう。

司会の堤君をみんなで盛り上げ、今日もまた充実した感謝の一日にしましょう。

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私とパソコン

こんにちは。小島です。

皆さんはパソコンは好きですか?

僕は昔からコンピュータが好きで、専門的に学んだことはないのですが、子供の頃からいくつか機械に親しんできました。

最近はYouTubeなどで昔のゲームやPCの動画を見ながら、あまりの技術革新のすごさに、一瞬めまいがすることさえあります。

昔のコンピュータ環境と比べて、今のPCやITの環境はどうなのか、それを調べるほど、やれそうなこと、やりたいことがより具体的に見えてきます。

夢を実現するうえで、自分が持ちうる能力や技術を知ることはとても大切なことです。

今ではPC知識がなければ、作業の計画はもちろん、ソフトの購入、アプリケーションの活用も制約される時代となりました。

僕はmai placeの学生の皆さんには、スピーチや会計の知識、スキルもそうですが、ITにも詳しくなってほしいと感じています。

というのは、コンピュータの技術には一般的に世代の差が少なく、若者の方が年長者より詳しい数少ない分野であるからです。

このアドバンテージは、活用しないわけにはいきませんよね。

今はPCもずいぶん普及しましたが、それでも、基本知識がない人はたくさんいますから、ちょっとでも自分で勉強して詳しくなれば、仕事のチャンスがとても広がると思いますよ。

ところで、僕のコンピュータ史を振り返ってみると、最初はもちろん、ファミコンです。

Photo

1983年、僕が小学校3年の頃に発売されて、これはもう、爆発的というほかない広がりでした。あんなインパクトは、windows95の発売まで、他のどんな商品でも感じたことはありません。

まだ小さな子供でしたが、本当に「変化」というものを感じた一大事でした。

僕は中学の頃に買いましたが、よく遊びました。

しかし、その頃にNECが「ホームコンピューティング」のコンセプトでより高性能の「PCエンジン」を開発したので、中2からはそちらで遊びました。

Photo_2

これは、ファミコンよりも格段にスペックが優れ、子供にとっては大事なスピードやグラフィックを実現していたのです。

そして中3くらいの頃、コンピュータに強い叔母からマッキントッシュを1台もらい、クラリスワークスなどをやっているうちに、PCはゲーム機と比べて段違いに性能が良いことに驚きました。

そして、高校の頃に買ったのがPC-9800シリーズの互換機である、エプソンのPC-286です。

Pc286

PC-9800といったら、日本のPCの歴史に残る標準機で、windowsが出るまでは、PCといったら「98」を指すほどでした。

以前、学生さんに「98知ってる?」と聞いたら、「キューハチ?」と怪訝な顔をされました。

あと10年たって、皆さんが30歳を超え、その頃の学生に例えば「スラムダンク知ってる?」と聞いて、「すらむだんく?」と不思議そうな顔をされたとしたら、おそらく同じ気持ちが分かると思いますが、98はそれくらいスタンダードでした。

僕はこのPCで、どれだけコンピュータが好きになったか分かりません。高校生には高い買い物でしたが、人間の頭脳を模した機械の仕組みが面白く、いろいろ雑誌を買って勉強したのが懐かしいです。

僕の家の近くには、中学の頃からPCに詳しいY君という友達がいたので、Y君からMS-DOSについて教えてもらい、ちょっとだけPCを知りました。

Operating system(OS)といえば、パソコンを動かす基本中の基本のシステムですが、この分野で先駆的なDisc operating system(DOS)を開発したのが、マイクロソフトという、当時は誰も知らない会社でした。

使いやすく、分かりやすいMS-DOSは急速に普及したものの、この頃はBasic,cobol,fortranなどの言語がメジャーで、PCを使いこなすには、こういうプログラム言語の基礎も分かっていないといけませんでした。

もちろん、僕は全く分かりませんでしたが、DOS/Vという日本語プログラムが出て、やっと少し基礎が分かるようになりました。

これは、もう、革命的なOSで、日本語対応のハードを買わなくても、ソフトだけで日本語表示の機能を使えるようになったわけですから、売れに売れまくりました。

この頃に生まれたDOS/Vパラダイスは、現在「DOSPARA」として福岡にも展開しています。昔は東京にしかなかったのに…。

こんな良いお店が全国展開できるようになったことが、PC知識を持つ人口の広がりを教えてくれます。

そして、マイクロソフトはMS-DOSのバージョンを4.0、5.0、6.0…と絶えず向上させ続け、僕が海外勤務に行く頃、バージョン7.0が発売されました。

「20世紀最大のヒット商品」の一つとして誰もが知る「windows95」のことですね。

インターフェースがグラフィック化され、タスクバーのメニューが全て「フォルダ」という形でディレクトリ化されたことで、PC人口は爆発的に増えました。

windowsの勢いはすさまじく、メーカーの常識さえ買えました。NECは98の販売を打ち切り、以降はOSをマイクロソフトから供給してもらう形でPCを開発し、これにValuestarと名づけました。

98がなくなるなんて、信じられないことでした。僕がこの頃買ったのが、compaq presarioでした。

Presario

こうして、僕とコンピュータの関わりは、まだ20年くらいなのですが、ファミコンからwindowsまではたった10年ほどで、この間の変化は本当に劇的です。

皆さんもPCだけでなく、自分が行く業界の商品やサービスの歴史を調べてみてはどうでしょうか。

本当に面白いですよ。

そして今は、ドスパラの「ガレリア」です。

Photo_3

では最後に、僕が親しんできたコンピュータのスペックと写真をお届けして、今日は終わりにしたいと思います。

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①ファミコン(1983)
②PCエンジン(1989)
③PC286(1991)
④Compaq Presario(1996)
 この間NEC mate、sony vaioも利用。
⑤Galleria ZX(2009)

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★CPUクロック数

①ファミコン 1.79MHz
②PCエンジン 1.79MHz
③PC-286 8MHz
④Presario 2.66MHz(Intel PentiumⅡ)
⑤現PC 2.66GHz(intel core i7)

④⇒⑤で1,000倍…。

★メモリ

①ファミコン 64KB
③PC-286  768KB
④Presario 32MB
⑤現PC 4096MB(4GB)

④⇒⑤で約130倍…。

★記憶容量

①ファミコン なし
②PCエンジン 540MB(CD)
③PC-286 フロッピーディスク
・5インチ=1.2MB
・3.5インチ=1.44MB
④Presario 8GB
⑤現PC 2.0TB

④⇒⑤で250倍…。

石内君、ITは本当にすごいですね…。

■ファミコン

■PCエンジン

■PC-286

■今の時代のPC

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最高の卒業証書って?

こんばんは。小島です。

mp6の皆さん、毎日素敵な記事をありがとうございます。

また、田中さん、佐伯さん、尾形さん、石内君、原さん、今川君、そして最近は富田君のコメントもパワーアップして、本当ににぎやかですね。

いつも出先で、家で、楽しく読ませていただいています。

今後は僕も頑張ってHLに連載していこうと思い、今日は久しぶりに『内定への一言2009』を書きます。

久々の執筆のきっかけになったのは、尾形さんの

つぶあんブログ

です。

僕の講義についてのブログ(それだけが目的じゃないかもしれませんが)を作ってくださるなんて、なんと嬉しいことでしょうか。

毎週、北九州から通い、講義中はしっかりと前を見て深く反応してくれる尾形さんの熱意に、「これは自分も頑張らなければ」と姿勢を正されました。

尾形さん、ありがとうございます。

以前、一度、尾形さん、植村さん、佐竹さんが最前列に揃ったことがありましたが、全員、最も深く、かつ多く頷いてくれる皆さんなので、まるでディスコのようだと感じたのが楽しい思い出です。

さて、6年前、僕は偶然ご縁をいただき、学生の皆さんの前に立って話をさせてもらっています。

最初に驚いたのは、今更ながらですが、自分の話の影響でした。

講義はまるで異文化交流のようでした。

集まってくる学生のみんなを見て、大学進学など誰一人口にしない学校で黙々と勉強し、逆にまじめな学問など誰一人やろうとしない大学で黙々と勉強してきた10年ほど前の経験だけが、学生との共通項と感じていました。

一まわり近く年が違う今の学生だって、日頃は気楽に生きているようで、本当は家に帰れば苦しみや悩みがいっぱいあるんだろう、本当は何かに挑戦したいと思っているのに、いざその機会と直面すれば、どうでもいい理由で断ってばかりなのだろう…

そんなこんなで、時間があったはずの学生がいざ就活を迎え、何も自信が持てる準備ができていなかったことに気付いた時の落胆といったら、まるで会社が倒産した社長のようでした。

僕が学生と会って感じたのは、就職に対する意識の甘さとか、業界知識のなさとか、一般常識のなさなどといったものではありませんでした。

年をとれば増えるものは、僕も昔を振り返れば不足していたし、将来に対しても不足しているので、そうした相対的な要素で学生を判断することはありませんでした。

知識や情報は表面的な結果にすぎず、そんなもので人を判断するのは、学生に限らずしないことです。

しかし、決定的に不足を感じたのは、自信でした。

こればかりは、年齢の問題ではありません。また、年をとれば増すものでもありません。

自信がないとは、たいへんな問題なのです。

それはつまり、未来の自分を当てにできずに今を漫然と生きているということであり、また、過去が今につながり、息づいていることを感じられないということでもあります。

自信がないとは、単純に極論したくはないのですが、あえて極論すれば、「自分の人生は無駄だった」と言っているに等しいわけです。

数百人の企業経営者と会い、また、数十人のフリーターの再就職支援をしてきた僕は、学生と会ってほどなく、「これは、就職対策なんてやってる場合じゃない」と感じました。

頼まれたのは就職対策だったので、これは矛盾しているようですが、就職を一試験のような手続きと考えている学生たちを見て、僕はマレー人に会った時以上に驚きました。

未来が楽しくない人間が、当面の対策だけをやって、何がどう解決されるのでしょうか。

自分を信用できない人間が、どうやって未来を描くというのでしょうか。

まさに由々しき事態でした。

だから、僕が決意したのは、とにかく「分かる、分かるぞ!」という手応えを共有しようということです。

知識を価値ある目標と結びつけながら落とし込み、苦しくても自分の頭で考えながら理解していく。

毎日実践、実感できる素朴な知識を得て、随所に成長の喜びと難しさを味わう仕掛けを作り、一日一日を楽しむ。

あることが、なぜそうで、どのようにそうなっているのかを自ら問い、自ら答える思考の忍耐力を身に付ける。

そして、同じ学びを共有できる仲間と成長の喜びを分かち合う。

mpではいろんな講義をやってきましたが、本当のコンテンツ(と言っては失礼ですが)は、実は学生の皆さんなんです。

僕はただ、良い話題を提供するためのアシスト役として存在しているだけです。

あるいは、学生では作りにくいかもしれない緊張感を作るために存在しているだけです。

僕も実は、講義より、GWで語り合っている学生の表情を見るのが一番好きなんです。

僕は、いくら先生が「試験に出るぞ」と言おうが、自発的な興味が持てなければ、あるいはその先生が尊敬できなければ、決して勉強しませんでした。

しかし、自分が興味を持てば、あるいはその先生が尊敬できれば、試験に出るかどうかなど一切関係なく、自分で本や図鑑を買って、人に聞いて、徹底的に調べ抜く子供でした。

ですから、世間的に言うところの成績も偏差値も学歴もありませんでしたが、不思議と根本的な自信を失うことは一度もなく、近頃はやりの「自分が好きかどうか」などという問いは、人生で一度も考えたことがありません。

人から言われなくても、考えるべきことはいつでもどこでも考え続ける。

人から言われようが、自分が大切だと思うことは絶対に曲げない。

授業中はマンガか私語ばかりの高校で「やっても無駄」と言われながら勉強し、「とりあえず卒業だけはせんと」と言われる大学をさっさと中退しても、僕は精神の独立を曲げたくありませんでした。

このように、僕は社交的に不器用な人間ではありますが、環境や他人に依存したことはないので、いつでもどこでも、何でも子供のように楽しめるお得な性格を持っていると思っています。

良くも悪くも、他人に流されることはまずない頑固者で、そのせいで時代遅れになったし、時代を超越した勉強をすることもできました。

そして、社会に出て14年がたった今、僕は、学校で得てきた知識よりも、500人中499人が別のことをやっていても流されず、2000人中1999人が「卒業だけはしろ」と言ってもさっさと中退できた精神力の方が、何倍も役に立ったと実感しているわけです。

これはもちろん、大学の勉強には価値がないとか、中退した方がいいと言っているわけではなく、自分がそうだと信じたことは断固やり抜く決断力と行動力が、僕の全てを作ってきたと実感している、ということです。

「一生学び続けたい!」

という気持ち以上の卒業証書があるでしょうか。

「私はやればできる人間なんだ!」

という気持ち以上の卒業証書があるでしょうか。

mpもFUNも、届けたいのはこれだけです。

僕にないのは社会常識とファッションセンス、逆にあるのは自信と根気です。

あるものは与えて、ないものは学ぶ。相手が誰であれ、できることだと思います。

そして、mpは将来にわたって、そんな輪を広げ、深めていく中心点であれたらと考えています。

久しぶりなので、のんびりと書いてきましたが、とにかく僕は、若者の役に立つという自分の使命を発見できて嬉しいです。

ちなみに、時々ですが、教育についてどう考えているかと聞かれることがあるので、数冊、好きな本を紹介しておきます。

■「青年の思索のために」(下村湖人・新潮文庫)

■「自由と規律」(池田潔・岩波新書)

■「講孟箚記」(吉田松陰・講談社学術文庫)

ではまた…。

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No.4「青春という言葉に意味を与えるなら…」(福田恒存)

皆さん、こんにちは。小島です。

先日の読書合宿では劇作家・翻訳家・評論家の福田恒存さんに迫り、みんなで一緒に『私の幸福論』、『文化なき文化國家』を読みました。

大月さんが掲載してくれた皆さんの感想が本当に素晴らしく、福田恒存さんの思いがしっかりと受け止められたのを感じて、同時に、本物に出会ったときの学生の感動のすごさに改めて感銘を受けています。

さて、そんな読書合宿で、数名の方から「信頼、信用って言うけど、信じるということがどういうことなのか分からない」という質問をいただきました。

「信じる」とは、単純ですが奥が深い言葉だし、就活でも企業、会社、仕事、未来の自分に対して、この「信じる」ということ自体を考える機会も多いことでしょう。

そこで、今日の『内定への一言2009』では、この「信じる」ということについてちょっと考えてみたいと思います。

数年間、学生の皆さんの就活や勉強の様子を見てきて、もちろん今まで何度か、「信じること」を考えたことはあります。

というより、「学生が考える『信じる』とはどういうことか」と考えたことがあります。

学生の中には、教育やマスコミ、流行語の影響で、「信じても裏切られたら意味がない」、「信じるのは危ないことだ」、「裏切られないように自分の身は自分で守らないといけない」と、自信を持って言う人も、過去、何人かいました。

ですが、そんな学生を見るたび、「この人は心からそう思って言っているのだろうか」と感じたこともあります。

自分ではそう言うものの、では自分がそんな態度で人から相手にされて、本当に嬉しいのでしょうか。安心できるんでしょうか。

そういう、手形取引や裁判のような、「信憑性」と言った方がいい時の「信じる」と、人間性を受け入れて「信じる」という時の「信じる」とでは、まったく別ではないでしょうか。

例えば、こんなケースはどうでしょう。

ここにある母親がいます。母親は優しく子供思いです。

しかし、その息子は中学校に入るなり、不良になってしまいました。成績は下がり、言動は乱暴になり、欠席も多くなってしまいました。

さて、この息子に対し、母親はどうするか。

「いい子じゃなくなったから信じない」と言うか。

「いい子」である部分だけを誉めて信用するか。

あるいは…「いい子になってほしい」とすべてを受け入れて認め、祈りながら耐えるか。

逆に息子の立場から考えれば、母親に「いい子だから信じる」と遇されるのと、「いい子になってほしいから信じる」と遇されるのでは、どちらが愛情を感じるでしょうか。

答えは誰でも分かるでしょう。

息子の心が動くのは、母親の願いや祈りを知った時で、「信じていい根拠があるから信じる」、「信じて損しないと分かれば、その限りでは信じる」という信じ方では、決して人の心は動かないことが分かります。

世の中には「裁く」と「信じる」を混同している人も多いのではないでしょうか。

あるいは、こういうケースはどうでしょう。

ある学校の教師は、やんちゃ坊主ばかりのクラスを任されました。

生徒たちは先生の言うことを聞かず、授業中の私語はもちろん、勉強に集中することさえありません。

そんな生徒たちに対して、教師が「まず、おまえたちの態度を見極めてやる」と構えて授業に臨んだらどうでしょう。

「こいつらは、教える価値があるかどうか」。

「おまえたちは、おれが全力になる価値があるかどうか」。

偉そうで、もっともらしいですが、僕が生徒なら、こんな教師は嫌です。

信じるとは、先に理由や根拠を見極めて程度を検討するような行為ではなく、もっと、人間の内側にある善を認め、受け入れ、どんなに時間がかかってもいいから、その顕現を促すという、『積極的な受容』を言うのではないでしょうか。

だから彼が本物の教師なら、現在の生徒の状態がどうであれ、「おまえたちのすごさを実感させてやるぞ」と、最初は訝られようが、陰で笑われようが、軽視されようが、まず自分が本気になって、生徒の善の本質と付き合うはずです。

分かりますか?

「生徒が信じてくれるから信じる」ではないのです。

「生徒が信用に値するから信じる」でもないのです。

「相手の態度はどうであれ、まずこちらが疑わずに信じる」ということなのです。

これも生徒の立場から考えれば、「おまえたちは真面目だから信じる」と言われるのと、「おまえたちは真面目になったらすごいんだから、その日を信じて俺は手を抜かない」と言われるのとでは、どちらが「信じてもらっている」と感じるでしょうか。

これも、言うまでもありませんね。

「信じる」とは、相手に依存し、相手を待ち、まず相手に信じさせてから、心が痛まないことを確認して、それから相手を受け入れることではありません。

まず自分から相手を受け入れ、働きかけ、約束を守り、誠意を尽くすことです。

世の中には、「だって、そんなこと言っても、信じて裏切られたら傷つくし、損だ」という人もいます。

それこそ、すでに傷ついているというべきではないでしょうか。

というより、すでに人を傷つけている考え方だと思います。

本当に人を受け入れたことはない人が、人生に似たものとのすれ違いで得た錯覚に過ぎないと思います。

親子、兄弟、上司部下、友人関係など、世のさまざまな人間関係では、細かく見れば、小さい部分では無数の「つもり」、「すれ違い」、「誤解」、「失望」、「落胆」、「期待はずれ」があります。

もちろん、人には感情がありますから、そうしたものが突発的だったり、あまりに続いたり、明らかに自分だから手を抜いて接しているのが分かったりすれば、腹が立つこともあるでしょう。

しかし、そうした時は、案外相手も自分に対して似たような気持ちを抱いていることも多いものです。

ですから、自分がイライラした時ほど寛容な気持ちになって、「ごめん」、「あの時はありがとう」などとまず先に言ってみることです。

いわば、その人の善なるものを信じて受け入れるわけです。

かく言う僕自身、こういう姿勢で結局損したこともあるあるし、その時限りでは悔しかったこともあります。だからといって、そんな姿勢でいたことを後悔したことはありません。

僕自身も人の期待にそえず、悲しい思いをさせたこともあります。特に創業の時は、多くの知人の期待を裏切って、非常に苦しい思いを味わいました。

そんな友達から再度受け入れてもらって心から感動したこともあるし、関係が途絶えて、申し訳ない思いや悔しさに駆られたこともあります。

昔は僕にそっけない態度を取った営業先の知人、かつて僕が勤めていた会社の広告料金を踏み倒した社長、あるいは何も言わずにサークルを辞めた学生に街中で何年かぶりにばったり会っても、僕はそのときのことをなじることはしません。

能天気かお人よしと言われることもありますが、僕は「あれからどうですか?あの時は心配したんですよ」と言います。

それで関係が復活することもあれば、逆に「まず安心させて、それから何か要求してくるのか?」という視線を感じたこともあります。

では、そういう姿勢でいられる僕は強い人間なのかというと、実はまったく逆で、僕は人間の善なるものを信じなければ生きていけない、弱い存在です。

「いい人だから信じる」のではなく、「信じることで相手と自分をともに高めよう」と思わなくては生きられない一人の大人です。

僕は、損するか得するかよりも、人間としてさまざまな喜怒哀楽を受け入れつつ、相手と分かち合える共感や成長を大切にして生きたいと考えてきました。

ですから、昔、福田恒存さんの『私の幸福論』を読んで、非常に共感したわけです。

「この本は、人間のあるがままの姿を書いていて、本当に人間を知った人の本だ」と。

僕にとっての福田恒存さんは、時事評論や時局論争の名手で、どちらかといえば保守論壇の大御所というイメージでしたが、どこかに深い優しさと人間愛を感じていました。

僕の中では、福田作品のうち、『私の幸福論』はかなり後に出会った作品ですが、この中にも福田氏の変わらぬ人間への信頼を感じます。

最後に皆さんは、mai placeでは一応年上で、ちょっと早く世に出たため、「教える」という立場にある僕が、

「君たちは、内定できそうだから本気で教える」

と言うのと、

「君たちは、本気になれば必ず夢を叶えられるから、僕は毎日手を抜かず本気で接する」

と言うのとでは、どちらの方が嬉しいですか?

僕が皆さんを信用するのに、根拠や理由を求め、言動を逐一判定し、まず皆さんの態度を見て自分の熱意の度合いを決めるような人間だったら、ここで学びたいと思いますか?

絶対に思わないでしょう。

僕は人間を、日本人を、学生を、若者を、そして皆さん一人一人を信頼しているんです。

すごいから信頼するんじゃありません。

信じてすごくなった学生たちがたくさんいるので、さらに信頼しているのです。

喜劇王として数々の世界的ヒットを飛ばし、栄光と名誉に包まれたチャップリンは、「最高傑作」と謳われた作品の発表後、新聞記者に「あなたの最高傑作は?」と質問され、

「それは、次の作品だ」

と言いました。

世間がどれだけ評価し、賛美し、その実績を認めていても、チャップリン自身は、それに感謝しつつもあくまで次への情熱、言うなれば「自分はまだまだできるという、未来の自分への信頼」を捨てなかったのです。

この熱意あればこそ、彼の作品はすべてが傑作と呼ばれるようになったのでしょう。

ならば、皆さんは明日の自分を信頼していますか?

就活で、面接で、落ちた後にどう考えていますか?もしかして、老け込んでいたりはしませんか?

しかし、結果を受け入れて、さらに力強く前進する学生が、mai placeには集まっています。

今までは就活を甘く見ていた。

面接の厳しさを知った。

チャンスに気づいた自分を見つめてみると、あまりに多くの時間が過ぎ去っていた。

あの時に気づかなかった自分が悔しい…。

若者が本当に若いかどうかは、そうした時に試されるのではないでしょうか。

そして、mai placeはそんな学生に対し、「やればできる」と受け入れ、初心と付き合う場です。これまでも、これからも、ずっとそうです。

いわば、「明日の自分は、今日よりもっと成長できる」と信じた若者の最初の決意を誰よりも尊重する学び舎です。

ということで、明日の就活コース29は、福田恒存氏が慕った文芸批評家・小林秀雄さんの作品から、『スランプ』を読みます。

明日もみんなで若返りましょう。

女子大生の皆さん、健全な職業観は、最高の美肌対策ですよ。

(植村さん、職業教育をエステ対策に取り入れたらどうでせうか?美女が多くなつGDPが向上すると思ひますが)

ではまた明日paper

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No.3「長江は所により南から北に…」(毛沢東)

こんばんは。小島です。

木曜夜の「就活コースextra」は毎週、西南のI君と「企業経営の魅力」について語っており、今日は「不確実性」について1時間ほど語り合いました。

その中で、就活生の皆さんにもとても役立つことがあると思ったので、今日の『内定への一言2009』は、不確実性について考えていきたいと思います。

というより、今日は僕の好きな戯曲形式でお届けしましょう。

I君 「来週、Tリースの3次面接なんです。で、1次と2次であまりリースのことを詳しく話さなかったので、3次ではしっかり悔いなく準備したいです」

小島 「じゃあ、リースの魅力を今一度、考えてみましょう」

I君 「この前勉強したのは、企業の内部努力を上回るスケールで為替や材料費が変動する時代になったので、シャープなどのメーカーが『貿易立国から投資立国を目指す事例もある』ということでした」

小島 「そうですね。来年の成長を見越して大胆な設備投資を行えば、確かに自前の使い勝手の良い設備は持てるけど、経営環境が激変したら、取り返しのつかないことになることさえあります」

I君 「多額のキャッシュアウトは、もう後戻りできませんからね。かといって、同額を銀行借入に頼れば、多額の固定負債を抱えてしまうことになります」

小島 「他人資本で設備を調達しても、その分の固定負債はキャッシュアウトと同じようなものだから、どっちみちB/Sにリスクを抱えることになります」

I君 「となると、どんな事態にでも機動的に対応できるように、フットワークを軽くしておく必要がありますね」

小島 「つまり、一括購入や負債による購入ではなく、設備費を経費として処理できれば、その分のキャッシュが浮いて、より多彩な経営判断の選択肢が増えることになります」

I君 「じゃあ、企業経営者は、リースそのものに魅力を感じるというよりも、リースで経営判断の選択肢が増え、足回りが軽くなって対応力が向上することに、魅力を感じているんですね」

小島 「その通り。つまり、営業塾で言っているように、『リースを売るな、リースで売れ』ということです」

I君 「なるほど…。リースは目立たないし、僕の友達もあまり知りませんが、企業経営にはなくてはならない経営ツールですね」

小島 「この前貸した『リース・未来を拓く』にも、オリックスの初期の広告が載っていたでしょ?あの中に、『コストの把握が容易です』という宣伝文句がありましたよね?」

I君 「はい。ありました。それだけじゃなく、僕が受けているTリースの会社説明資料にも書いてありました」

小島 「コストの把握が容易って、どういうことですか?」

I君 「…う~ん。経費の計算がしやすくなるってことでしょうか?」

小島 「そうです。企業経営とは、言うなれば『不確実性の中に確実性を作る営み』とも言えるんです。業界によっては、来年の資源・設備の価格がいくらになるのか分からないくらい、環境変化が激しいところもあるし、最近は原油や鉄鉱価格の激動が様々な業界に影響を与えています」

I君 「じゃあ、例えば一台の車を100万円で売ろうと思っても、コストが変動すれば利益が吹き飛んでしまうこともありますね」

小島 「そうです。企業にとって、自社の商品を予測、希望した価格で売れ、見込んだ通りの利益を得られるということは、大変なメリットなんです」

I君 「予測、希望した価格…」

小島 「たとえば数年前、トヨタがRAV4という車を作りました。あの車は、トヨタだからあの値段であの性能を実現できたものの、他のメーカーからは、『そんな値段で作られたら困る』と羨望されるほど、価格競争力が強かったんです」

I君 「RAV4…。かっこいい車とは思っていましたが、企業戦略なんて考えませんでした」

小島 「業界のリーダー的存在であるトヨタが、他社には真似できない価格で高性能の車を開発したら、日産やホンダはどうなりますか?」

I君 「…それは、販売計画や価格を見直さないといけなくなります」

小島 「そうです。つまり、不確実性が生じるということですね」

I君 「なるほど。だったら、トヨタの本当の武器は、価格決定権だということになりますね」

小島 「その通り。経営では、標準価格を決定しうる立場にある強者を「Price maker」、強者の決定価格の影響を受ける他社を「Price taker」と呼んでいます。マーケットとは、単に見込み客が多い事業領域という意味ではなく、利益を出せる価格で勝負できる領域と捉えたほうがいい。

だから、賢いのはスズキのようなメーカーで、自社が勝てる事業領域ではNo.1を実現し、No.1になれない領域には決して出ません。スズキは軽自動車しか作りませんから」

I君 「つまり、経営が成り立つ範囲で事業が展開できる領域、ということですね。同じ業界で同じような商品を作っていても、プライスメーカーになるか、プライステイカーになるかでは、全く立場が違いますね」

小島 「ええ。しかし、これは同業内での問題ですが、今ではこの価格競争が国際化して、日本企業はアジアやヨーロッパの無数の競争相手とシェアを競っています。十年前なら、韓国製のテレビや冷蔵庫なんて、誰も買わなかった。しかし、今では東芝と日立を合わせても、三星電子には勝てません。

だから日本では、日立と三菱が半導体部門を事業統合してルネサスを作ったし、日立とNECがエルピーダメモリを作ったけど、それでも韓国企業には勝てません」

I君 「ということは、日本企業は半導体の分野においては、プライステイカーの立場にあるんですね。じゃあ、輸出企業やメーカーは、材料費、為替、金利、市況、景気、同業他社…様々な要因の中で経営計画を立て、利益を出そうと頑張っているんですね」

小島 「そうです。もし、I君が西鉄福岡駅に行って、『明日の福岡~甘木の運賃は300円~1,000円の間になる見込みです』と書かれていたら、どうですか?

西南クロスプラザに行って、『明日のA定食の価格は、300円~1,000円の間で落ち着く予定です』と書かれていたらどうですか?」

I君 「値上がりが心配で、他の買い物まで遠慮しそうです」

小島 「そうですよね。その中で、『B定食は5年間、450円です』と表示されていたら、どう感じますか?」

I君 「それは、安心します。少なくとも、昼食は450円持っていればいいことが分かるし、それだけ残せば、他は別の目的にお金を使えます」

小島 「それが『コストの把握が容易です』ということです」

I君 「なるほど。個人の生活でも、食費や交通費が変動したら大変なのに、経営は世界規模で資源、金利、為替の変動の影響を受けるので、本当に大変なんですね」

小島 「そうなんです。ここ十年で、日本を取り巻く経済環境は激変しました。昔は競争相手にもならなかった国が伸びてきたし、ロシアは大資源国家として、中国は大消費地としてそれぞれ急成長し、日本企業の地位は低下しつつあります」

I君 「じゃあ、トヨタがプリウスを低価で販売したり、シャープがイタリアに合弁企業を作ったり、松下電器がパナソニックに社名を変更したり、日立と三菱がルネサスを作ったりしているのも、そんな世界的な流れについていこうとしているんですね」

小島 「そう!個々の業界では全く別々の動きにしか見えませんが、どの会社も、いつでもどこでも、阻止しうる不確実性の影響は阻止したいと願っています。そして、不確実性をできるだけ確実性の高い要素に代替したい。そう見れば、一見無関係な事象がつながるでしょ?」

I君 「リースそのものは不確実性に対応する直接の手段ではありませんが、リースを導入することでキャッシュフローにゆとりが生まれれば、その余裕で機動力が高まり、不確実性を制する可能性も高まりますね」

小島 「そうです。僕は中国共産党は嫌いですが、その指導者の毛沢東の『長江は所により南から北に、東から西に流れている。だが全体としては、西から東に流れている』という言葉は、本当にすごいと思います。これこそ、大戦略家の言葉です。思想的には嫌いな人物ですが、これこそ政治家だと思います」

I君 「確かに。揚子江ほど長い川になれば、ところどころは全く逆どころかまちまちの方向に流れていて、それだけを真実だと思えば、大変な過ちを犯してしまいますよね」

小島 「だから、個々の動きには注意しつつも、全体の大きな流れを見失わず、潮流を読み取ることが大事です。マーケティングの世界では、『☆大数観察』とも言います」

☆『80年代の読み方』(堺屋太一・祥伝社NONブック)

I君 「毛沢東…名前しか知りませんでしたが、すごいですね」

小島 「I君は先週、毛沢東みたいな帽子をかぶってきてたじゃありませんか」

I君 「あぁ、あれは…」

小島 「日本軍は局地戦という『部分』における『戦闘の勝利』に目を奪われていました。一方、人民解放軍は局地戦では日本軍を勝たせつつも、次第次第に日本軍を内陸におびきよせて消耗させ、最後の決戦で勝つという『全体』としての『戦争の勝利』から目を逸らしませんでした。

歴史の問題として考えれば色々複雑なことはあるでしょうが、一国と一国の争いとして見る場合、部分的結果に酔った日本軍は最初から負けていた。戦闘に強いのと戦争に強いのとでは違うんです。毛沢東の戦い方は、まさに『先づ勝ちて而る後に戦え』でした」

I君 「すごいです」

小島 「だから、今後の企業経営でも、確実性のあるコストなら先に計上して、不確実性への対応に経営資源を集中させ、ダイナミックにビジネスチャンスを捉えたいというニーズは高まるでしょう。情報通信設備への投資は、この不況の中でも加速していますからね」

I君 「『情報通信設備を充実させている=IT業界だけが伸びている』というだけではなく、どうして情報通信を充実させているか、と考えるのが大切ですよね」

小島 「つまるところは、不確実性を確実性に変えたいんです。いわば、社内の問題解決です」

I君 「『不確実性を確実性に変える』という視点で見ると、学習塾も生命保険も損害保険も、全部一致していますよね」

小島 「長江と同じですね。業種や商品は全く別に見えるかもしれませんが、『リスク→安定』という流れでは全て一致しています」

I君 「リースって、『偉大なる脇役』ですね」

小島 「内定後も経営に興味を持ってさらに勉強し、最強のサポーターを目指していきましょう」

I君 「来週の面接、頑張ります!…てか、明日のマネー塾でまた会いますね」

小島 「じゃあ、今日のあらましをヘッドラインに書いておきます。今日のような話に興味があったら、やや趣は違いますが、J・K・ガルブレイスの『不確実性の時代』を読んでみるといいですよ」

…ということで、いくらか言葉を補いましたが、わが班では今週もI君とたった二人で、経営の魅力を語り合いました。

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「耳目は欺かない…」

皆さん、こんばんは。小島です。

昨日の就活コースは、全体が活気づいてとても明るく、エクストラもすごい盛り上がりでしたね。

学生が本気になると、本当にすごいです。

そして、本気になるとは、「目の前の現実を正しく受け止めること」から始まります。

この「目の前の現実を受け入れること」が、就活中にはとても難しいことがあります。

ということで、今日はこれをテーマに少々。

皆さんは外資系企業の「P&G」をご存知でしょう。ケミカルや生活消耗品の世界的企業です。

正式名称はプロクター・アンド・ギャンブルといって、別に知っていてどうということもないのですが、この会社が昔、「オレアン」という脂肪代替商品を作ったことがあります。

「脂肪代替って何だ?」と思う人もいるでしょうが、このオレアンは、未熟児の体重増加を助けるため、消化の良い脂肪を開発しようと生まれた商品でした。

ところが…。

研究開発を重ねて生まれたオレアンは、未熟児として生まれた赤ちゃんの体重増加どころか、体内に残ることさえできず、未吸収のまま体外に排泄されてしまったのでした

「こんなはずはない!」

「理論上は消化吸収されるはずだ!」

「この赤ん坊の体質がおかしいのかもしれない」

「実験では確かに吸収されるデータが出た」

研究チームは仮説構築を繰り返し、何度もテストを重ねてきただけに、まさに「わが目を疑う」というほかない挫折を味わいました。

「理論的には正しい(はず)!」

と言っているうちは、目の前の現実の方がおかしいとさえ思っていたのです。

しかし、その後何度もテストを繰り返しても、結果はいつも同じでした。

そこで同社はどうしたか?

生産・販売を中止したのでしょうか。

実は、「食べて腹がふくれた感じはするけど、結局は体外に出てしまう」という現実を素直に見て、この性質に従った商品を作ったのでした。

つまり、オレアンは、低脂肪のお菓子やポテトチップスの原料として活用されたのです。

…という、一企業の些細なエピソードですが、この話は貴重な教訓を含んでいないでしょうか。

昔、僕が初めて学生さんの面接体験談を聞いた時、まさにこれと同じようなことを感じました。

学生A 「あの会社、自己PR完璧に言えたのに落としやがって!」

学生B 「あんなに練習したのに、残念だね」

学生A 「だいたい、練習と違うったらありゃしない」

学生B 「あれ以上、何をどう言えというんだろうね」

学生A 「面接官が悪かったのかもな」

学生B 「しょうがない。志望動機で勝負するといいよ」

学生A 「今度は完璧に覚えて言うぞ!」

学生B 「練習、付き合うよ。メモ貸して」

学生A 「あぁ…」

とまぁ、ざっとこんな感じです。

学生Aは、頭の中に「面接とはかくあるべし」という理屈が先にあるばかりに、それに合致した面接をやろうとして、目の前の面接官が見えていません。

就職課で練習し、友達と自己PRや志望動機を見せ合い、言い合い、根拠なく「これでよし」と納得し、ずっとその状態で就活をしてきただけに、就活がスーパーマリオのような感覚で認識されているのです。

つまり、「Aと聞かれたらBと答え、Cを聞かれたらDを答え…」などと考えているのです。

これは、「会話」をしているというよりは、言葉の「自動販売機」みたいなもので、質問を粗雑に変換しては、

「こ、これは志望動機だ!」

「おぉ、これは自己PRを聞いているんだ!」

と条件反射してしまい、まったく面接官のことを見ていないのです。

目の前の赤ちゃんが、「おなかいたいよ」と泣き叫んで、「おむつ替えて」と必死にせがんでいるのに…

「いいや!このオレアンは脂肪として吸収されるべきなんだ!」

と頑固に意地を張っているようなものです。

このように、人間は現実と付き合っているのではなく、頭の中に加工された仮想現実と付き合っています。

人は誰でも同じ仕事、就活をやっているのではなく、その人が「仕事だと思うこと」や「就活だと思うこと」をやっているだけ

面接も同じで、それが本物の面接か、「面接だと思っているが実はそうではないこと」かは、なかなか判別できないでしょう。

カッシーラーは『人間』(岩波文庫・1944)で、

『人間は、ただ物理的宇宙ではなく、シンボルの宇宙に住んでいる。言語、神話、芸術、および宗教は、この宇宙の部分をなすものである。

それらはシンボルの網を織るさまざまな糸であり、人間経験のもつれた糸である。

あらゆる人間の思想および経験の進歩は、この網を洗練し強化する。人間はもはや実在に直接当面することはできない。

人間はいわばそれを、面と向かって見ることはできないのである。

物理的実在は、人間のシンボル的活動が進むにつれて、後退してゆくようである。

人間は、「もの」それ自身を取り扱わず、ある意味において、常に自分自身と語り合っているのである。

人間は言語的形式、芸術的イメージ、神話的シンボル、宗教的儀式の中に、完全に自己を包含してしまったがゆえに、人為的な媒介物を介入せしめずには、何ものをも見たり聞いたりすることはできない。

人間は固い事実の世界に生活しているのではなく、また彼の直接的な必要や願望によって生きているのではない。むしろ想像的な情動のうちに、希望と恐怖に、空想と夢に生きている。

エピクテトスは言った。「人間を不安にし、驚かすものは、物ではなくて物についての人間の意見と想像である。」』

「こんなブログでそんなに難しいこと書くなよ」と思った方のために、やや言葉を補い、「人間⇒就活生」に置き換えてみましょう。

『就活生は、現実的な職業観ではなく、シンボルの職業観という宇宙に住んでいる。言語、情報、ネット、および噂は、この宇宙の部分をなすものである。

それらはシンボルの世界を作るさまざまな糸であり、就活経験のもつれた糸である。

あらゆる就活生の思想および経験の進歩は、この網を洗練し強化する。

就活生はもはや実際の仕事に直接当面することはできない。就活生はいわばそれを、面と向かって見ることはできないのである。

現実的な仕事の認識は、就活生のシンボル的活動が進むにつれて、後退してゆくようである。

就活生は、「仕事」それ自身を取り扱わず、ある意味において、常に自分自身と語り合っているのである。

就活生は言語的形式、芸術的イメージ、神話的シンボル、宗教的儀式の中に、完全に自己を包含してしまったがゆえに、業者が作った人為的な媒介物を介入せしめずには、仕事そのものに関わる何ものをも見たり聞いたりすることはできない。

就活生は固い事実の世界に生活しているのではなく、また彼の直接的な必要や願望によって生きているのではない。

むしろ想像的な情動のうちに、希望と恐怖に、空想と夢に生きている。

エピクテトスは言った。「就活生を不安にし、驚かすものは、仕事ではなく、仕事についての就活生の意見と想像である。」』

…ということで、学生は仕事そのものを恐れたり不安がったりしているのではなく、自らがそう認識している仕事の影に恐怖や不安を感じているのです。

あるいは、面接それ自体をやっているのではなく、自分が「面接だと思うこと」のシンボルを組み合わせて一喜一憂しており、対策をやっているのです。

人間の認識はかくも不思議なもので、このことをわが国で最も深く問い続けた文学者といえば、7月の読書合宿で迫る竹山道雄さんでしょう。

竹山氏はドイツ文学者で、ゲーテの作品もいくつか翻訳しましたが、そのゲーテの言葉に、

「耳目は欺かない。判断が欺くのだ」

という言葉があります。

目の前の会社、仕事、商品、お金を素直に見るのは、本当に難しいことです。

就活において、気に入ろうが嫌だろうが、現実は常に正しいもの。

その素朴な事実に気付いた時、オレアンがヒット商品になったように、あなたも「有望な人材」として求められるでしょう。

素直な耳と目を鍛えられる就活は、学生時代最高の勉強の機会とも言えます。

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「一晩で説得されてしまう人は…」

こんばんは。小島です。

mpでは7月から10月にかけて、内定者のさらなる学びの充実のため、そして「就活コース2011」を支える4年生の研修(?)のため、

『職業思想研究会』

と題してのエリート勉強会を考えています。

といっても、これはまだ僕が計画しているだけなのですが、

【第一章――社会主義編】

①学生の9割が信奉?…「賃労働と資本」

②就活生の心理そのまま…「家族・私有財産及び国家の起源」

③信じる者は救われない…「共産党宣言」

④これが人間の幸福か?…「国家と革命」

⑤義務教育の知られざる実態…「日教組・教師の倫理綱領」

⑥どこかで聞き覚えがあるような…「日教組・教科書検定基準」

⑦去年の先輩たちが沈黙した…「群衆心理」

【第二章――自由主義編】

⑧共産主義を徹底論破した力作…「隷属への道」

⑨自由主義経済思想の古典…「選択の自由」

⑩ヘンリー・フォードの自伝…「藁のハンドル」

⑪本当の知的労働とは何か?…「ワーク・オブ・ネーションズ」

【第三章――伝統的職業観編】

⑫日本最古の商業思想…「都鄙問答」

⑬日本最古の職業思想…「鈴木正三道人全集」

⑭江戸時代の貨幣・景気論…「夢の代」

⑮日本最古の『金儲け本』…「長者教」

⑯漱石が描く明治の職業観…「夢十夜」

というもので、もちろん、『マネー塾』のさらに上をいく深い深い講座です。

「マネー塾」や「営業塾」で「なるほど!」と思った方は、たぶん、数秒間窒息するくらい深いです。

この学びがどれくらい役立つかは、卒業生に聞いてください。

学ぶか学ばないかで、卒業後の働き方、成長、儲け方に決定的な差が出ます。

まぁ、そういうスーパー講座を作ろうと、空き時間にコツコツ2ヵ月後のレジュメを作っているのですが、今日は久しぶりに、ミルトン・フリードマンの『選択の自由』を読みました。

Photo

フリードマンといえば、先ごろ亡くなりましたが、シカゴ大学の教授で、マネタリズムを唱え、ノーベル経済学賞を受賞した経済学者です。

この人の名は、最近では「デリバティブ」と関連した語られることが多いですが、経済理論という以上に、20世紀の人類や経済に起こった根本的な変化を踏まえていて、哲学書・教育書としてもかなり面白く読めます。

そして、この本の『まえがき』に、

「一晩で説得されてしまう人は、実は本当には説得されていない」

という一言が出てきます。

何かすごいことに触れて、「圧倒された」、「衝撃を受けた」という人は、特に若者に多いものです。

もちろん、一回で感動できる感性は、それはそれとして尊重すべき特質で、青年期はこうした感動や驚きに触れることはとても大切です。

しかし、フリードマンがこの先で書いていることは、「だがこうした人は、翌日の夜に別の人から話しを聞けば、また意見が変わるだろう」ということです。

要するに、

「いくら大きな感動を受けても、それを守り育て、自分の興味の根源がどこにあるかを本気で追求する人は少ないものだ」

「自分の知覚や認識に、きちんとした根拠や思想を持ってほしい」

ということです。

この時期は、たとえば複数の会社から内定をもらい、どこに行くかに迷うこともあるでしょう。

描いていた未来像が変更され、また最初の方の段階からやり直す際に、自信を失うこともあるでしょう。

あるいは、当初考えてもいなかった選択を前にして、注意力が過敏かつ繊細になることもあるでしょう。

そんな時は、もちろん友達と話し合うのもいいでしょうが、「今の感情」を基準にするのではなく、「私は本来、どう生きたいのか」をしっかりと考えるのが大切だと思います。

なぜなら、将来と結びつけなければ、その問いは一時的なもので終わる可能性も大きいですし、問いに際して大切なのは、「すぐ答えが出るかどうか」ではなく、「ずっと問い続けるかどうか」だからです

すぐに答えを出して後から問い返さないような問いは、重要そうに見えて実は大したことがない問いです。

そんな問いを「正念場の問い」と誤認してしまったら、内定後に不安と恐怖が強まるものです。

内定をもらわないうちは、内定さえもらえれば、と安易に考えがちですが、内定承諾後はもう、変更できないのです。

安易に決めた人は、自信を持って就活をやり抜いた人を見るたびに、恐怖や嫉妬におののきます。

そして、人に相談するたび意見が変わり、自分の未来なのに自分で何も主体的に準備することさえできず、大学生活の残り時間を、カウントダウンのように遊ぶか、将来から逃げるかのようにして過ごすことになります。

幸せな内定とは、「内定後はもっとその業界、会社について勉強したい」と思える内定です。

仕事が待ち遠しくてたまらなくなる内定です。

内定後は、大学生活や勉強が今まで以上に楽しくなる内定です。

自分の価値ある未来と結びついている自覚は、勉強、バイト、サークル、全てに意義を与え、日々の達成感を支えてくれるもの。

ですから、「内定後はただ遊ぶだけ」という内定は、既に終わっているのです。

そういうのは「退職活動」と言ったほうがよく、そもそも、「一晩で説得されるような対策」しかやらなかった証拠です。

ですから皆さんは、同じ問いを何度も自問自答し、深く深く悩み、自分の使命や人生を明確に描いて、素直な感性と深い信念を築いていただきたいと考えています。

内定後も、財務諸表の学習や他業界の学習に、就活中以上に真剣な上村君を見て下さい。

内定後も、自分の就活以上に友達の応援に熱心で、自分の悩みよりも友達の悩みを優先して、いつでもどこでも駆けつけている池田君を見て下さい。

上村君も池田君も、自分が将来やる仕事が分かっているのです。

内定をもらったとはいえ、自分の身分は学生であり、評価の基準は「今」ではなく「未来」にあったことを忘れていないため、「一緒に働こう」という誘いに最大限の準備で応えようと、頑張っています。

もちろん、二人だけではなく、mpには素晴らしい若者がたくさんいますが、僕はこういう若者の姿こそ、「本当に内定した学生」だと思っています。

二人のような若者は「保険とは何か」、「リースとは何か」という問いを、これからも何年も問い続けます。

人生はその問いに導かれるテーマパークとなり、常人には及び難い深い答えを積み重ねて、それが知識や見識を支えます。

大事なのは「将来に対して責任を持ち、毎日積極的に生きているかどうか」であって、内定が出ているかどうか、ではありません。

会社に内定しているかどうかより、夢に内定しているかどうかの方が、何十倍も価値があるし、内定しただけで終わる努力など奴隷の努力です。

皆さんは素直な感性で深い信念を築き、すぐ出る答えよりも自分を育ててくれる問いを大切に、この大切な時期を過ごしていただきたいと願ってやみません。

ということで、僕は、答えを求められても当座の答えは決して返しません。

時には問いに問いで返すこともあります。

が、卒業前に、僕のこういうメルマガを読み返してください。

皆さんの未来を尊重して付き合っていたことを確信してもらえると思っています。

mai placeは皆さんの初心、そして夢と付き合う場所です。

だから僕も、社長である大月さんの初心を何より尊重し、そこに集まる学生の皆さんの初心と徹底的に付き合いたいです。

納得の内定、感動の内定のため、深く、明るく問い、力強く答えを求める就活を楽しんでいきましょう。

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外国語は、就職に一番有利な専攻だ。

昨日はSPI勉強会とたまたま同じ時間に、ベローチェに行きました。

皆さんそれぞれの課題に打ち込んだり、歓談を楽しんだり、それぞれの目的で集まっているようで、遠くで見ていて微笑ましかったです。

さて、そんな中で、Mさんと「学生時代の専攻」について少し話をする時間がありました。

「フランス語という専攻について、よく聞かれるんですが、なかなか説明しにくいです」。

こんな言葉を聞いて、僕は、昔、外国語で生活していた海外勤務の時代を思い出しました。

ということで、ちょっと、「外国語という専攻を持つこと」について考えてみたいと思います。

そもそも、外国語とは、異質の文化や思想、さらには異なる言語で生きた人々の姿を学ぶための手段であり、また、その途上で継続した訓練の成果です。

しかし、外国語をよく勉強したことがない人は、「語学力」だけを外国語の目的と決め付けて話してくることが案外多いものです。

例えば、就活だと、

「君は大学で○○語を勉強してきたのに、どうしてそれと関係がある仕事を目指さないの?」

という感じです。

こういう場合、語学経験のない人事部長の言う「関係」とは、「語学を直接活用する」という意味での関係であり、そこに浅さを感じるのです。

本当に語学を学び、外国語で生きた経験がある人なら、「関係」とはそんなに浅く単純なものではありません。

僕も2年ほど海外で暮らしてきて、英語、韓国語、マレー語を習得して帰国した後、転職活動をしていて、同じように聞かれました。

「君はそれほど語学を扱えて、なぜこの仕事なのか?」

僕は逆に聞き返しました。

「語学ができるから、この仕事なんです」

相手は「は?」と言わんばかりの表情です。

日本語しか使わない仕事に対して、「外国語が扱えるから、この仕事だ」という僕の考えが分かってもらえなかったのです。

僕は説明しました。

~そもそも、外国語とは、異質の文化や思想にアクセスする手段であり、日本語から外国語の窓を開き、外国語から日本語の窓を開く往復作業は、精神の集中を働かせたこまやかな観察が必要です。

カタカナ化している英語ならいざ知らず、韓国語やマレー語は、語彙自体に土着の文化や風土・歴史が作った民族性がしみ着いていて、意味はともかく、その概念や発想を翻訳して、簡潔な日本語に直すのはとても大変です。

4ヶ国語をしゃべれる僕は、外国語力とは、すなわち国語力だと悟りました。

僕が今までやってきた語学は10以上ありますが、一番大切で一番役立つと確信しているのは、日本の古語です。

そうであれば、営業の仕事も翻訳・通訳と同じことでしょう。

相手はその商品・サービスの必要性をまだ認めていない人ばかり。

事業者も、自分の商品が誰にどう関係あるのかを、適切に自覚できているわけではありません。

企画なら、異質の概念を分かりやすく翻訳して、何が顧客に関係があり、何がどう役立つのかを、簡潔明瞭に表現しなければなりません。

例えば、金融業界で働いている思考の文法と、広告業界で働いている思考の文法は違うものです。

あたかも、別の銀行のシステムが別のアルゴリズムで動いているようなものでしょう。

営業とは、その別のパラダイムで生きる別々の人たちに関連性を見抜き、それを的確な言葉でつないで双方に利益を生み出す仕事ではないでしょうか。

これはまさに、外国語⇔日本語の貿易作業、つまり翻訳・通訳と同じではないでしょうか。

ですから、「外国語と営業は関係がない」という考えが浅いのです。

僕は外国語だけで生活し、働いてきた人間です。

ですから、この仕事にこそ、外国語能力が最も生かせると思っています。

もちろん、英語、韓国語、マレー語での取材もできますから、そっちの意味での「役立つ」という方もばっちりですが。~

ということで、関係など、ないと思う人にはないだけであり、関係がない所に関係を見抜くのが知性です。

語学はその知性を鍛える上で、とても役立つ専攻です。

語学はあらゆる仕事と関係があります。

フランス語専攻だからと、フランス企業やフランス関連団体に就職したりするだけが「役立て方」ではなく、もっと深い部分での役立て方、役立ち方があるのは、語学を専攻した人なら誰でも実感できるのではないでしょうか。

これは国文学も同じであって、遠い時代に異なった文体や語彙で書かれた思想を現代に復刻し、分かりやすく、かつ質を落とさずに送り届けるのも、企画や営業と全く同じ頭脳の使い方をしています。

例えば、僕はあまり好きではありませんが、「蟹工船」が去年ヒットしたのはなぜでしょう?

70年前と今に「関係」を見抜いたセンスがあったからです。こんなセンスは商学部や経済学部といった、「ヨコ」の関係に意識を奪われがちな勉強では身につきにくいでしょう。

そう考えて学ぶ人は、「文学部=就職に弱い」などとは考えないものです。

実際、僕は文学部が一番ビジネスに有利だと思っています。

何でも役立ちますが、文学部なら文学や語学を愛し、そう考えるべきだとは思いませんか?

関連分野や派生分野を考えずに、知識に溺れて理屈に縛られる法学部、経済学部を、明治の学生は「阿法学」、「おま経済」と呼んだものです。

大事なのは法学を、経済学を学んでいるということではなく、法学で、経済学で何を学んでいるかということなのです。

中退の僕が何を言っても説得力がないかもしれませんが、「これで大卒?」と感じる社会人があまりにも多いので、皆さんは学問の本質から目をそらさず、自分の選択を正解と信じ、そこから堂々と専攻を語りましょう!

ということで、外国語を学んだ人間だからこそ言えることを大切に、自分の専攻を愛し、誇りを持ち、語学で生き様やビジョンを語りましょう。

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「六十にして耳順う」(孔子)

こんにちは。小島です。

今週から毎週、「内定への一言・2009」と題して、主に就活を中心としたコラムを書いていくことになりました。

「内定への一言」というのは、2004~2007に配信していた私のメルマガで、去年は大津君が丁寧な紹介をしてくれていました。

今はmpのHPのリニューアル作業中のためか、リンクは全て消えてしまってアクセスできませんが、私の旧ブログ「職の精神史」から全てを閲覧することができます。

全バックナンバー

※左側の「カテゴリ」に全号が分野別に収録されています。

さて、最近はマネー塾、営業塾という、新人コースでもとりわけ実戦度の高い講座をやっていますが、そこで改めて、成功者の「当たり前」を学生時代に学ぶ大切さを感じた方もおられるかもしれません。

また、就活でも、本気の威力と中途半端の結果を両方知って、今さらながら「当たり前のレベル」の大切さを感じている方もおられるかもしれません。

素朴な言葉がしみじみと受け止められるようになったら、それこそ素晴らしい成長です。

始める頃は、

「150社エントリーしたんだから大丈夫」

「まだ何社も残っているから大丈夫」

「同じ業界で全社エントリーしているから大丈夫」

と思っていた人もいるかもしれませんが、量や数は、本気を伴わなければ何の意味もないものです。

…と言い続けてきて、最近やっと、「心からそう思うことが大切ですよ」という言葉を素直に聞いてもらえるようになったようで、嬉しく思っています。

就活コースでは例年『論語物語』(下村湖人・講談社学術文庫)が人気で、去年も竹中君たちの紹介で、この本を読んだ方もいるでしょう。

「論語」は東洋の代表的古典で、孔子様は世界的な偉人でもあります。

その孔子が泰山で人生を回想したのは、昔、古典や漢文で習ったことがある人もいるかもしれません。

どう回想したか興味がある方は本を買ってもらうとして、今日問題にしたいのは、孔子が、

「六十にして耳順う(したがう)」

と言っていることです。

「耳が順う」とは、我執なく素直に、相手の言っている言葉を聞き入れられるようになった、という意味です。

聖人中の聖人と崇められてきた孔子様にして「六十にして…」だなんて、じゃあ、凡人の私たちはいつになったら…

と思いそうですが、孔子の偉人たるゆえんは、何事かに超越したスーパーマンだったということではなく、平凡なことを平凡に感じ、まじめに生きた人生そのものにあるのではないでしょうか。

~人間はいつも自分のことばかり考え、我執を去ることができず、一人では何もできない愚かな存在である。

しかし、私はこんな人間たちが必死で生き抜いている世の中を、まじめに、そして同じように必死に生きてみたい。

どんなに辛くても苦しくても、私はその辛さや苦しさをありのままに受け止め、そこに「生きている」という実感を見出したい~

目の前の当たり前を当たり前と受け止めて、どんなに未熟でも

「これが私だ」

「ここが私のスタートラインだ」

と受け止めるには、精神の修養が必要です。

自分は周囲より優れていて、周囲より才能があって、周囲より一歩先を言っている…という根拠不明の優越感を去って、現実と自分をありのままに見つめるには、相当な器が必要です。

そして、理想と現実が目の前でぴったりと重なり、今、ここ、自分から全てを展開していこうと決意して迷いがなくなった時こそ、初めて人生が動き出すのだと思います。

孔子はそういう経験的実感を、「六十にして耳順う」と言ったのかもしれません。

さて、皆さんはいかがでしょうか。私は同じことが、就活生にも当てはまると思います。

皆さんも1~2月の間は、先輩が、

「早めに準備して余裕を作った方がいい」

「企業研究は甘くない。全ての人生がそこに表れる」

「面接官は面接の技術なんかよりも、日頃の自分がどんな人間かを鋭く見抜いている」

「筆記で時間を取られるようになったら、本当に大事な対策ができないから、みんなが後回しにすることほど先取りした方がいい」

と言うのを、何十回も聞いたと思います。

そして、その言葉を「そうか!そうなのか!」と、我執を排して心から素直に聞くのは、とても難しかったと思います。

しかし、みんなが目覚めれば、いつかきっと、深く分かってくれるはずだ…。

「内定者プレゼン」は、そんな先輩たちが、皆さんの「未来」と付き合うために残してくれたプレゼントです。

「我、就活において、持ち駒を失って初めて、耳順う」

むやみに増やした持ち駒があるばかりに現実を見つめないよりも、甘さから持ち駒を失い、素直に人の言葉を聞けるようになるほうが、よっぽど価値があります。

「仕事をしに行くんだよ」

「志望動機は、志望する動機だよ」

「一次が最終と同じくらい大事なんだよ」

こういう言葉が、今は何より貴重なアドバイスなのではないでしょうか。

「素直さ」について本当に考えてみたい方は、ぜひ、内定者プレゼンをもう一度見直してみてはどうでしょうか。

きっと、あの頃とは違った深い感動を得て、明日からの就活が目に見えて変わっていくことでしょう。

『内定者プレゼン』

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