業界別創業者紹介【タイヤメーカー】VOL.1「石橋正二郎」
大月です。
mp6連載の「日常から就活へ」は、それぞれのカラーが出ていてとても面白いですね。
昨日の営業塾でも「関連付けが大事だ」ということを学びましたが、今後どんな話題が飛び出してくるのか、とても楽しみにしています。
また、小島さんの二つ目の連載「講座開発物語」も始まり、どんな思いで作られたのか、何を大切にしているのかを知ることの出来る貴重な機会となっています。
特に今回の「スピーチ塾」は、実は歴史ある講座だということを知って驚いた方もいたのではないでしょうか。
ちなみに、「スピーチ塾」は、今でも要望が高い講座なので、来週火曜日(6/9)から実施していこうかなと考えています。
「私も受けたい」という方がいたら、ぜひ気軽に教えてくださいね![]()
さて、ここからが本題ですが、私は今週から「創業者紹介」を連載していこうと思います。
意外に知らないあの企業やこの仕事…どんな人が作り、どんな思いで生み出したのか、簡単ではありますがご紹介していきます。
就職活動に参考になれば幸いです。
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さて、第1回は、福岡の方なら誰でも馴染みのあるこの方!
『石橋正二郎』です。
石橋正二郎は、その名のごとく「ブリヂストン」の創業者です。
今となっては、「ブリヂストンはタイヤの会社だ」と思うのが当たり前となっていると思いますが、実はもともとタイヤを作っていたわけではないのです。
どうして、タイヤを生産するに至ったのか…。
それは、石橋正二郎の「着眼点」にヒントがありました。
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****第1回「石橋正二郎」*****
1889年~1976年
福岡県久留米市に仕立屋の次男として生まれる。
足袋屋から身を起こしブリヂストンタイヤを設立し、ブリヂストン王国を築く。
■仕立物屋「志まや」の成功
父から譲り受けた仕立物屋。
それまで、注文でシャツ、ズボン、足袋などを作っていたが、一番やりやすく有利な足袋に商品を絞り、兄と共に売り上げを伸ばしていくことに。
しかし、地方の零細企業が業界の激しい競争の中で勝ち抜くのは大変だった。
そこで、正二郎は2つの妙案を思いつき、飛躍的に発展させていった。
1、自動車を広告塔に
当時自動車は東京で300台、大阪で18台、九州には1台もなく、正二郎は中国地方まで乗り回し、宣伝した。
人々からは「馬のない馬車がきた」と大変評判で「安い広告費で大きな宣伝効果」を収めたのであった。
2、「均一価格」を初めて採用
足袋は品種の違いなどによって複雑な値段があり、商いが大変面倒だったため、価格の均一化を図ることにした。
またそれまで「志まやたび」として売っていたものを一新し、「朝日昇天」という言葉が好きだったことから「アサヒ」と命名し、「20銭均一アサヒ足袋」で販売。爆発的なヒットとなった。
■民衆の足に着目
大正10年、足袋にゴム底を張りつける研究に着手し、アメリカ製のテニス靴から、ゴム底を張りつける方法にヒントを得て完成。
それを三池炭鉱の労働者にタダで配り、その履き心地を確かめてもらった。それ以前はわらじであったが『ゴム底の足袋は滑らないし、水も通さず、丈夫でいい』と、炭鉱の人だけでなく農民にまでアッというまに広まっていき、やがてこの「地下足袋」は日本中で大変人気を呼ぶ商品となった。何と初年度の売り上げは150万足であったという。
■地下足袋からタイヤへ
地下足袋にゴムを使ったことから、正二郎はやがて「将来ゴム工業としてとして大きく伸びるのは、何と言っても自動車タイヤであるから、自分の手で国産化したい」と決心し、自動車のタイヤへ関心が動いていく。モータリゼーションを予測して社内にタイヤ部門を作り研究を開始し、昭和6年3月にブリヂストンタイヤ株式会社を資本金100万円で設立した。その後三年で10万本の返品にさらされながらも、逆境に揺るがず、一代で世界的タイヤメーカーへと発展していく。
石橋正二郎は自分に何か取り柄があるとすれば、それは「時間・信用・独創」を大切にしたことであると、三点を挙げている。
1. 時間については、17歳で足袋の専業化を実施し、25歳で均一足袋の販売に大成功を収めて以来、新しいアイデアで新商品の開発を続けて来たのであるから、計画・実行・成果の検討に時間が足りない思いが常にあり、タイムイズマネーで時間を有効に使うことを心掛けていた。
2. 信用については、事業をするには資金が必要だが、その裏付けは信用である。返済計画通りに銀行に資金を返すことには大変こだわった。銀行に限らず自分の信用を大切にした人である。
3. 独創こそは、商業での成功の本である。考えては実行しさらに細かく考えて業務を進めているが、性格的にそれが得意で、いつもひとの先を考えて進んでいる。
「事業は良い計画を立て、時を活かすことにより成功する。先の先を見透かして事業を始める。気は長く持つが、行う時は気短でなければならぬ」
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実は、今でも日本人に馴染み深い「地下足袋」も正二郎のアイディアによって生み出されたとは、驚きではありませんでしたか?
そして今度は、当時まだ普及していなかった「自動車の成長性」から、「ゴム」の需要を見抜いたその「着眼点」に脱帽です。
つまり、正二郎は地下足袋のヒットに甘んじることなく、次のビジネスチャンスを探っていたというわけで、そこで目にしたのが、「自動車」だったわけなんですね。
地下足袋→タイヤというのは、大きさや機能も違うことから一見すると関連付けがなさそうですが、それを関連付けたのが正二郎の商才であり、着眼点の鋭さだったと思います。
こうやって見ると、今ある商品やサービスは、最初からそうだったのではなくて、創業者のアイディアから生み出されていることが分かるはずです。
あなたの身の回りの商品・サービスもその由来を辿っていくと面白い発見があると思いますよ。
では、第2回もお楽しみに![]()
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