麻衣に言われて初めて、自分の職業観の歪みに気付いた絵里は、
麻衣たちのように本物の就職活動をすべく、遂に一大決心をして・・・・!?
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◆第35話「無私と調和」
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(絵里、就活サークルのセミナーに出席)
絵里 あの…。先輩、始まる前に、ちょっと話したいことが…。
先輩1 何?今度、面接受けるの?
絵里 いや、そうじゃなくて…。
先輩1 あ、JALの結果?どうだった?
絵里 いや、それは落ちたんですが、実は…。あの…今日限りで、辞めさせてもらおうと思ってるんです。
先輩1 な、何だって!サークルを辞める?この時期に?
先輩2 …お、おい、おまえ、今、何て言った?
先輩1 この時期に辞めるって。
先輩2 おい、どうしたんだ?おまえ、今がどんな時期か分かってるのか?就活は二月と三月が山場だ。毎週のように選考が立て込むから、ウチでも毎週、模擬面接をやるんだぞ。
先輩1 そうさ。それに、今週からは受かるエントリーシートの書き方だってやる。グループ面接の練習も始まるんだぞ。一人じゃできないだろ?
絵里 …あたし、ちょっと、人生を考えたいんです。自分をしっかり見つめたいんです。
先輩1 人生を考えたい?そんなの、内定してからでいいって!それに、自分を見つめるなら、ワークシートがあるから、それをやればいい。
絵里 ワークシートなんかより、本気の毎日で見えてくる自分を見つめたいんです。
先輩2 おまえは甘いぞ。今自分が何を言ってるのか、分かってるのか?おまえ、四季報も満足に読めないじゃないか。日経だって、購読してまだ二ヶ月だろ?
絵里 先輩こそ、今自分が何を言っているか、分かってるんですか?
先輩2 は?そりゃ、分かってるに決まってるだろ!
絵里 何が分かってるんですか?
先輩2 「自己PRと志望動機を制する者が、就活を制す」ってことを、だ。
(絵里 …バッカみたい!就活を制してどうなるのよ!仕事や人生は、それとは別だって言うの?)
先輩1 内定者のオレたちが言うんだから、間違いない。おまえさ、自己PR苦手だったよね?この前は「野山に咲く一輪の花」って言ってたけど、あれさ、おまえが帰った後、話してたんだ。
先輩2 そうそう、何だっけな…。あ、そうだ。「野山じゃ暗そうだから、花畑で一際目立つ花」って言ったほうが、場面設定からポジティブに訴えられていいんじゃないか、って。
絵里 …あたし、もう、そんなことどうでもいいんです。
先輩1 おい、どうしたんだ!おまえ、自己PRができなかったら、一次面接も突破できないってことを、あれほど言ったのに、忘れたのか?
絵里 あたし、もう、花じゃなくていいんです。雑草でも昆虫でもいい。ただ、誰かを応援して、引き立てることができれば、それでもいいんです。
先輩2 どうしたんだ?そんなに自信を失って?
絵里 は?あたしは自信を失ったんじゃありません。自信を得たんです。
先輩2 そんなに暗そうなのに、どこが「自信を得た」だよ?
絵里 暗そうだろうが何だろうが、あたしはもう、「自分がもらうこと」ばっかり考えて生きるのは嫌です。
先輩1 絵里…。おまえはどこまで甘いんだ。世の中は格差社会、これからはますます弱肉強食だぜ?
何があったか知らないが、おまえみたいに気分の浮き沈みの激しいヤツが、これからの時代に通用すると思ってるのか?
絵里 あたしは浮き沈みが悪いとは思ってません。それから逃げるのが、もう嫌になっただけです。もちろん、すぐには性格は変わらないと思いますが、それでも、しっかりやりたいんです。
先輩1 おまえね、適性検査の結果、覚えてんの?おまえの短所は、感情的な判断が多いことだっただろうが?
絵里 …どうして、適性検査の結果通りに生きなきゃならないんですか?
先輩1 …そ、それは。
絵里 長所とか短所とか言うけど、たった20年かそこらで、固まってしまうものなんですか!
先輩2 違う。オレらが言いたいのは、そういう抽象的なことじゃなくて、面接で伝えるべき長所と短所、ってことだ。要するに、具体的な長所と短所だ。
絵里 ふん。「具体的」ですって?だからあたしは、そういうコセコセした態度で生きるのが、もう嫌だって言ってるんですよ!適性だって、自分で作っていきたいと思ってるんです!
先輩1 …おい、絵里、気付かないか?また出てきたぞ?おまえの短所が。今おまえは、感情的になって自分を見失ってるじゃないか。それがいけない、って言ってるんだ。
先輩2 そうそう。オレらはこれから、そういう短所で落ちないような、うまい短所の伝え方を教えてやろう、って言ってるんだ。そのサークルを、おまえは辞めようと言ってるんだぞ?
絵里 「伝え方」?バカバカしいにもほどがあるわ!どうして隠さなきゃいけないんですか?どうして飾らなきゃいけないんですか?そんな方法、こっちから願い下げです!
先輩1 …まぁいい。おまえ、今辞めて、後で泣きを見ても知らないからな。
絵里 あたしは泣くたびに強くなるから、心配してません。泣くことだって、嫌じゃありません。むしろ、小さなスケールでウジウジと生きて、将来泣くのが、もっと嫌です。
先輩2 …いいよ。じゃあ、辞めろ。オレらの言葉の意味は、おまえには分からないようだ。
絵里 はい。分かりません。全っ然分かりません!仮に分かっても、絶対に共感しません!
先輩1 まぁ、いい。現実を知らないうちが花だ。じゃあな。
絵里 あたしはその現実の中で、花を咲かせます。短い間でしたが、ありがとうございました。
(絵里、退室)
(麻衣、美里、喫茶店で純一と歓談中)
純一 そっか、そんなことがあったんだね。麻衣ちゃんにしては珍しいね。
麻衣 はい…。その後、仲直りできたからよかったんですけど、お互い選考中で気が立ってたのか、最後は私も、自分でも初めてってくらい、感情的になってしまいました。
美里 けどさ、あの絵里がそんなメール出すなんて、やっぱ、麻衣の影響力はすごいよ。
麻衣 いや、別に…。絵里は今までも、ああやって意見が食い違うことはあったけど、今回はその食い違いの原点がはっきり見えた気がして、しかも、明らかに間違った方向に行ってると感じたから、私も気持ちを抑えられなかった。
美里 そう言えばさ、竹川さんが、「社会主義の発想を知ると、最初は世の中全てがそれで動かされてるように見えてきて、就活に集中できなくなる。だからRUNでは、三年生には社会主義の本は、原則としては紹介しない」って言ってたね。
麻衣 あっ…!そうだ、私も確かに、絵里の話を聞いてて、あまりに全てがマルクスやエンゲルスの言葉と同じだったから、途中から、絵里の気持ちを無視して分析するみたいに聞いてた。
美里 あたしたちも、逆に影響されて、人の気持ちをすぐに分析したり解剖したりしちゃ、ダメね。それじゃ、社会主義的な理論の中に相手を閉じ込めてしまうことになってしまう。
麻衣 森中さんも、「初めは他人が全員、社会主義者に見えてしょうがなかったけど、日本の伝統を学んでから、やっと気持ちが落ち着いてきた」って言ってたよね。
純一 君たちは、ほんとにセンスがいいね。やっぱり、紹介してよかった。そうなんだよ。一つの理論から割り切るのなら、社会主義を信奉していなくても、やってることは同じなんだ。
僕が君たちにマルクスやエンゲルスの本を紹介したのは、君たちがいつも、自分の就活の話題よりも、先輩や友達のことを気にかけていて、麻衣ちゃんと美里ちゃんも、お互いに支えあってるからなんだ。
そういう人間に対する優しさがあってこそ、あの思想を克服できる。そして、君たちはきっと、それができると確信したんだ。内定後は、さらに成長できると直感したんだ。
社会主義は、社会や人間を分析するための理論じゃない。あれは、心と頭脳の病原菌と症状の博物館だから、友達を救うための材料として学んでこそ、役立つんだ。
知識があっても、思いやりがない人間は、知識の組み合わせ方、つまり「知恵」がない。要するに、根本的には愚者だ。そういう人間は、勉強すればするほど、痴呆化していく。
いつか、麻衣ちゃんに「正統とは何か」を貸したね。「理性」については、何て書いてあった?
麻衣 あぁ…。確か、「狂人とは理性を失った者ではない。理性以外の何物も信じない者のことである」って…。
純一 そう。社会主義はまさに、理性を失った思想ではなく、情緒を失った思想なんだよ。自分の主観だけで人生や他人、社会を割り切れば、それは必ず、社会主義的な思想になる。
しかし、日本の伝統は「我欲と分裂」の社会主義とは正反対だ。「無私と調和」。それが日本の伝統精神なんだ。RUNはそれを、少しでも身につけようと頑張ってるサークルだよ。
美里 無私と調和…。あたし、就活がうまくいってない人や未就職の四年生がイライラしてるのを見て、「理性を失ったんだ」と思ってたんですけど、そうじゃないんですね。
純一 そうだね。僕は日頃、社会人の転職と再就職の支援業務をやってるけど、苦しんでる人は、みんな、自分の基準以外の価値基準を、一切受け入れようとしないのが共通してるね。
どんなに苦しくても、絶対に自分の非を認めない。客観的な根拠がなければ、こじつけてでも作って、自分の正当性を妄想する。しかし、誰も認めてくれないから、さらに歪んでいく。
学生でも、そうじゃないかな?落ちるほど会社、面接官を責めて、受かった人や内定した人に嫉妬して、「自分の方が頑張ってて、他人は手を抜いている」と思いたがる。
最初のうちは悔しいから、次に取り返してやろうと思ってはいるものの、いつしか「夢への内定」を忘れて、人より遅れないことが基準になっていく。真の目標と相手の存在を見失っていく。
つまり、内定を欲しがるほど、内定はどんどん遠ざかっていく、ってことだね。
美里 確か、ライト兄弟は、初の有人飛行に成功した時、「我々が空を制したのではなく、空が我々を飛ばせてくれた」って言ったんですよね?純一さんのメルマガで読みました。
純一 そうだね。筋力、自走力、風力、持久力…そんな「自力」ばかりに頼っているうちは、人間には「大気」の存在が見えなかった。それに従えば、自分を飛ばせてくれる力が見えなかった。
何社受けても落ちる学生や、落ちるほど対策にしがみつく学生も同じだね。情報収集に熱中し、対策だけを頑張る学生も、いつしか本来の目的を忘れて、知識に振り回されるものだ。
そういうのは、三国志を読んだ人は分かるだろうけど、「智者は智に溺れる」って言うんだ。器の小さい人、知力が薄弱な人は、自分の知識に振り回されて、失敗するってことだね。
目の前には「問題解決を通じた社会貢献による自己表現」という仕事の世界があり、そこには「伝統的職業観と会計センス」という大気があるのに、我欲に目がくらんだ学生には、目の前のそれが見えない。
もともと我欲まみれだから、業界研究や自己分析をやればやるほど、情報や知識を仕入れるほど、不採用に近付いていく。
そうして、全部の会社にあえなく落ちて、初めて目が開き、職業観確立の重要性を知るんだ。自分は慢心のあまり、それまで全く「会社」や「仕事」を見ていなかったことに気付くんだ。
こういう人間は、自分の場違いな努力で乱気流を起こして、それで落ちているのに、会社、面接官、景気、時代のせいにするから、これほどの盲目状態はないといっていいね。
麻衣 無私の精神で「企業」という相手と調和すれば、悠々と飛べるのに、いつまでも自力で飛ぼうとして、「こんなはずじゃない!」と言うようになるんですね…。
美里 けどさ、よく考えてみれば、どこから見ても「こんなはず」だよね。
純一 美里ちゃんは「道元入門」を読んだよね?あそこに「自己を運びて万法を修証するを迷いとす。万法進みて自己を修証するは悟りなり」ってあったのを覚えてる?
美里 はい!「自分の考えで主観的に世の中を割り切ろうとすると、迷いが生じる。しかし、世の中や自然の法則から自分を客観視してみると、悟りが生まれる」って解説がありました。
麻衣 その「世の中や自然の法則」が、就活の場合は「職業観と会計」ってことですね。
純一 そうだ。君たちは本当に素晴らしい。森中君と竹川君みたいだね。そうやって、広く、長く、明るく、優しく未来を描くことだ。飛ぶ前に、まずは目的地をしっかり見定めることだ。
「内定」なんかが目標じゃ、すぐに失速して墜落する。君たちの内定先は、「夢」なんだ。
(絵里、来店)
麻衣 え、絵里!
絵里 …あたし、RUNに入りたい。
麻衣 絵里、どうしたの?
絵里 あたし、めっちゃ本気で勉強したいんです。卒業するまで、燃えたいんです!
美里 まぁ、いいけど、それにしても、ほんといきなりよね?
純一 君が絵里ちゃんか。話はよく聞いてるよ。友達思いの、最高の親友だ、ってね。
絵里 あたし、世のため人のために尽くして、全力で成長したいんです!お願いします!
純一 こちらこそ、よろしく。仲間と夢と自分を信じて、一歩一歩、力を合わせていこう。
麻衣 私、絶対に絵里の「夢への内定」を応援するよ。全力で。一緒に頑張ろうね!
(終わり)
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